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地方選【選挙を歩いて−知事選編−】

近い東海第二 安全守れるか

写真:福島と茨城の県境。ここから38キロ先に東海第二がある=茨城県常陸太田市 拡大福島と茨城の県境。ここから38キロ先に東海第二がある=茨城県常陸太田市

写真:県境から車で1時間あまりで到着した東海第二=茨城県東海村 拡大県境から車で1時間あまりで到着した東海第二=茨城県東海村

 ●県境から38キロ 県、再稼働に沈黙

 「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」。県の復興ビジョンの冒頭に掲げられた基本理念だ。こう続く。「安全神話を信ずることなく、何よりも人の命を大切にし、県民が安全で安心に暮らすことのできる社会を目指す」。県は、この理念を県内全基廃炉を求めるよりどころとしてきた。

 矢祭町は、県の最南端に位置する人口6千人弱の町だ。知事選が告示された11日、私はこの町から国道349号で南下を始めた。

 ときおり強い雨が降り、車は思ったより多くない。茨城県との県境を越え、山あいを抜け、工業地帯に入ると、日本原子力発電東海第二原発(茨城県東海村)の正門が見えた。

 県境からの直線距離は38キロ、走行距離44キロ。1時間あまりで到着した。

 原子力規制委員会は9月26日、この東海第二を安全対策が新規制基準に適合すると認める審査書を正式決定し、再稼働にお墨付きを与えた。今後の焦点は、11月の期限までに運転延長など二つの認可を得られるかどうかに移る。

 矢祭町は「地域防災計画」で原子力災害も想定はしているが、それは70キロ以上離れた東京電力福島第一、福島第二原発を踏まえたものだという。担当者は「東海第二が近いという認識はあまりない」と話す。

 東海第二近くの道路標識は、北方向に「いわき」を示す。東海第二からいわき市の最短距離は直線で46キロ。第一原発事故で全村避難を強いられた飯舘村の第一原発からの最長距離に相当する。

     ○

 第一原発事故が起きた時、私は東京本社科学医療部に在籍し、ほぼ専従の形で事故を取材した。

 その中で着目したのが、放射性物質が集まる放射性プルーム(放射性雲)の流れだった。環境放射能や気象学の専門家を取材するにつれ、汚染の広がりは「偶然」が積み重なったものだということを深く知る。

 2011年3月15日午前、2号機から大量の放射性物質が放出された。

 その時、たまたま風が主に北西に流れていた。

 雨が重なり、原発から約40キロの長さで浪江町、飯舘村周辺に高濃度の汚染地帯ができた。震災後、風は海側に流れることが多かったのに、深刻な事故時にたまたま陸側に流れたのだ。

 プルームが関東に向かった時もあった。だが、たまたま房総半島の南に低気圧があり、東京都心部の手前で南下したため、都心部の深刻な汚染が回避された。

 万が一、東海第二で深刻な事故が起きて、大量の放射性物質が大気中に放出された時、風が北に吹かず、福島が汚染されないという保証は、どこにもない。

 今月1日の内堀雅雄知事の定例記者会見。朝日新聞は内堀氏にこう質問した。

 「再稼働後の東海第二で事故が起きたとき、県民の安全は守れるか」「県内の原発は全基廃炉と明確だが、県外の原発についてはどういう考えか」

 内堀氏は繰り返した。「原発事故の反省と教訓を踏まえ、国と電気事業者が対応すべきものだと考えております」

 東電は今年6月、福島第二の廃炉方針を表明し、県内全10基廃炉の道筋が見えた。だが、原発事故から7年7カ月、いまなお県内外で4万3千人以上が避難を続ける。県が高らかに掲げる「安全・安心」は、かすんでいないか。(石塚広志)

     ◇

 福島の将来を左右する「現場」を記者が歩き、今回の知事選に、様々な角度から光を当てます。

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