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人に食あり 食に人あり

(1)懐かしの味 双葉の記憶

写真:イナゴの佃煮 拡大イナゴの佃煮

写真:吉田さん夫婦が囲む食卓。真ん中の食品保存容器にイナゴの佃煮が入っている=埼玉県加須市(広角レンズ使用) 拡大吉田さん夫婦が囲む食卓。真ん中の食品保存容器にイナゴの佃煮が入っている=埼玉県加須市(広角レンズ使用)

写真:避難所の体育館の鍵を閉め、深々と礼をする吉田俊秀さん=2013年12月27日、埼玉県加須市、川村直子撮影 拡大避難所の体育館の鍵を閉め、深々と礼をする吉田俊秀さん=2013年12月27日、埼玉県加須市、川村直子撮影

 ●イナゴの佃煮 加須でも

 その男性は、建物の前で腰をくの字に折り曲げ、深々と頭を下げている。

 2013年12月28日付の朝日新聞社会面に載った写真。記事には「最後の避難所 双葉町民退去」の見出しがある。

 原発事故で避難した双葉町民約1400人が暮らした埼玉県加須市の避難所が役目を終えた日。臨時職員の町民男性が、体育館の鍵を閉めて一礼した場面だ。

 それから6年。写真の男性は今、私の目の前にいる。

 吉田俊秀さん、70歳。

 加須市の自宅を訪れると、夕食の食卓をはさんで満面の笑みだ。

 「これ食ったことあるか? イナゴ。うめえぞ」

 横から奥さんの岑子さん(74)が出してくれたのはイナゴの佃煮だった。

 一瞬たじろいだ。黒い大きな目、グロテスクな腹、後ろ脚のたくましい「太もも」や小さなトゲトゲまで原型そのままだ。

 一口食べてみる。

 カリッとした食感。甘みが口に広がる。うまい。

 立て続けに5、6匹。ご飯が止まらなくなった。

     ○

 「原発が爆発する。今すぐ店を閉めて逃げろ」

 11年3月12日の朝、防護服姿の警察官にそう告げられたのが、避難生活の始まりだった。

 明治から続く燃料店の4代目。国道沿いでガソリンスタンドを経営していた。

 最初に川俣町に避難した。学校の体育館などに町民4千人が駆け込んだ。

 寒かった。温風ヒーターやストーブはあった。でも燃料の灯油がなかった。

 そこにタンクローリー3台で給油したのが吉田さんだった。家族と従業員5人でフル回転した。

 「命の油」「神様」

 そんな言葉で感謝された。

 1週間後、さいたまスーパーアリーナへ。そして3月末、加須市の旧騎西高校に避難した。ここで、支援物資を取り仕切る町の臨時職員になった。

 着の身着のままの避難暮らし。当初は物資の取り合いで殺気立ち、殴り合いまで起きていた。

 「こら!だめだ!」。ルールを破って1人で何個も持ち帰ろうとする人を見つけると、体育館に吉田さんの怒声が響いた。不満を持つ人に胸ぐらをつかまれ、「殴るぞ」「殴ってみろ。10倍殴り返すぞ」と応酬したこともあった。

 「鬼」と呼ばれた。

 そんな日々が終わった日。体育館の前で「お世話になりました」と頭を下げた。新聞の写真に顔は写っていない。泣いていた。走り続けた2年9カ月。終わったんだなと思うと、涙があふれた。

     ○

 それから2年ほど過ぎ、加須での暮らしも落ち着いたころ、地元の人が「こんな珍しいものがある」と、イナゴの佃煮を持ってきてくれた。

 「うわあ、懐かしい」

 故郷の記憶がよみがえった。

 小学校の行事に「イナゴ捕り」があった。

 稲刈りのころ、朝から弁当を持って田んぼに出かける。「武器」は竹筒を入れて縛った手ぬぐい製の袋。竹筒から袋に入ると、もうイナゴは逃げられない。

 家では、イナゴの羽と脚を家族みんなでむしり取って、おばあちゃんが、しょうゆと砂糖とみりんで味付けした。おせちと一緒に正月の食卓にも並んだ。

 久しぶりに食べたイナゴの佃煮は、故郷の味と同じだった。

 原発事故が起きた今、双葉のイナゴを食べることはおそらくもうない。懐かしさが一層募った。

 加須の小さな食料品店で売られていると聞き、たくさん買って、故郷の親戚や友人に送ってあげた。

 イナゴをごちそうになって数日後、私は加須市を再訪し、吉田さんに食料品店を案内してもらった。夫婦が営む小さな店の棚に、イナゴのパックが500グラム1050円で並んでいた。茨城県産だった。

 店を出ると、吉田さんは車で町を案内してくれた。

 瓦屋根の家や薬局、電器店、自転車店などが並ぶ商店街。シャッターが下りた店も見える。郊外に出ると、稲が刈り取られた田んぼが広がり、日光の山々が見えた。

 「ほどほどに田舎の感じが双葉に似てるんだ」。吉田さんはそう繰り返した後、こう言った。「双葉は古いふるさと。ここは新しいふるさとだ」

 帰り際、さっきの店で買った故郷の味がするイナゴの佃煮を持たせてくれた。

     ◇     ◇

 ●のぞいた望郷の念

 吉田さんは最近、双葉町にいたころの夢をよく見るという。唱歌「故郷」が流れると涙がこみ上げるとも。イナゴの思い出を話すときの少年のような笑顔。その奥に、隠しきれない望郷の念がのぞいていた。双葉と加須の街並みが似ている―。その言葉を確かめたくて双葉町を訪ねると、穏やかな風景が重なって見えた。

 新年、吉田さんはどんな初夢を見るのだろう。会えるといいですね、ふるさとの人たちに。(杉村和将)

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