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人に食あり 食に人あり

(2)夢抱く 果樹園の娘として

写真:両親自慢の「ル・レクチェ」に口づけする渡辺瑠奈さん 拡大両親自慢の「ル・レクチェ」に口づけする渡辺瑠奈さん

写真:「ル・レクチェ」の出荷作業をする渡辺喜則さん(右)と妻佳子さん=いずれも須賀川市 拡大「ル・レクチェ」の出荷作業をする渡辺喜則さん(右)と妻佳子さん=いずれも須賀川市

 ●両親が培った「信頼」追う

 これから冬を耐え忍ぶ木々は葉を落としている。果樹園の景色は寒々しい。だが、ここは90年近く、一族が果物に傾けてきた情熱で満ちている。

 収穫期は甘い香りが漂うのだろう。暑い季節、葉の茂る梨棚の下が涼しい遊び場になりそうだ。

 幼かった彼女の姿を想像した。アルプスの少女ハイジみたいに駆け回ったの?

 「果樹園であまり遊ばなかったし、遊んでも面白くなかった。小さいころは、梨が嫌いでした」

 須賀川市にある「渡辺果樹園」の長女、渡辺瑠奈さん(18)は笑った。幼いころ、家族の主役は自分ではなく梨だと思っていた。

 昨年末、渡辺果樹園は高級洋梨「ル・レクチェ」の出荷の追い込みに入っていた。新年は7日が仕事始め。「ほかにまとまった休みは、収穫したル・レクチェを追熟させる10月の2週間ぐらいです」。果樹園の代表で瑠奈さんの父喜則さん(41)が言った。

     ○

 喜則さんが果樹園の4代目として就農したのは2000年4月。瑠奈さんが生まれる4カ月前だ。

 喜則さんは変革に挑んだ。農家を「継ぐ」のではなく、「就職した」という意識を持った。家族経営のなれ合いをなくすためだ。

 両親だけでなく、自らの家族のために収入を増やさなければならない。農地を買い増して倍以上にした。

 一方で、栽培する和梨を6種類から4種類に減らした。ビジネスで言う「選択と集中」だ。品種を絞り、より手間をかけて栽培することで、さらにおいしい果物を提供しようと考えた。

 喜則さんは「胸を張って梨を売るため、努力は欠かしません」と言う。ただ、瑠奈さんには響いていなかった。

 「溺愛したんですがね……」と喜則さんは苦笑いする。妻佳子さん(41)も「収穫や出荷の時期は、かまってやる時間が少なかったかな」と振り返った。

 瑠奈さんは16年春、安積黎明高校に進学。将来の夢は農業と関係ない仕事だったが、ある機会が農家の娘であることを自覚させた。

 夏、両親が「高校生が伝えるふくしま食べる通信」(こうふく通信)の取材を受けた。こうふく通信は、高校生が食材にまつわる記事を大人の手を借りながら書き、食材とセットで送る情報誌。瑠奈さんも高校入学と同時に、編集部に加わっていた。

 秋に出たこうふく通信に父の言葉が載った。「農業をサラリーマン並みに安定して稼げる職業にする仕組みをつくりたい」。誇らしかった。折しも梨の収穫時期。初めてまじめに出荷作業を手伝った。

 ある日、仙台市まで納品に行く両親についていった。トラックの3人掛けシートの真ん中で「大学で農業経営を勉強したい」と打ち明けた。

 高校生活を通じて、瑠奈さんはこうふく通信のライターとして県内の生産者に向き合い続け、農業と関わる仕事への思いを強くしていった。

 大学で農業を学ぶため、2年生からは理系に進んだ。だが、3年生になる前、ふと立ち止まった。

      ○

 第一志望だった私立大学の農学部について調べてみた。予想に反し、農業と関係の薄い職業に進んだ卒業生が多い。私も4年間、目的意識を持ち続けられるのかな。不安になった。

 でも決めた。生産者側から消費者側に回り、「食」の知識を究めよう。「私は農家の娘! って思ったんです。農業の経験はある。だったら好きなことをがっつり勉強しようって」

 昨年の秋、東京の短大のAO入試を受験。実家のことを志望理由書に書き、こうふく通信の経験を面接で語った。合格した。

 4月から栄養士の資格を取るため、食物栄養の勉強を始める。そうすれば学校の栄養職員になれる。食品会社にも勤められる。子ども食堂に関わるのもいいな。栄養士にこだわるのは、信頼が得られると思うからだ。

 実は「食に関する情報の発信」が譲れない夢だ。栄養士の資格があれば、自らの情報をより信頼してもらえる。

 それに信頼は、両親が何より大切にしてきた。

 喜則さんがずっと温め、昨年の元日に明文化した渡辺果樹園の理念には「感動」「喜び」、そして「信頼」の文字がある。

 「父たちは果物のためには努力を惜しまない。クレームも糧にして、信頼を積み重ねてきたんです」

 瑠奈さんを取材していて思った。もうすぐ短大生。東京での生活を楽しんでもいいんじゃないの?

 「自分が成長できる遊びをしたい。茶道は食の勉強にもなるし、華道も習いたいな。食に限らず、いろいろな情報を発信したいな」

 そして、恥ずかしそうに付け加えた。「六本木が似合う女性にも挑戦してみたいんです」

 尽きない夢を語る瑠奈さんが、ほほえましかった。

     ◇     ◇

 ●「人生の主役は本人」

  夢を追う親子を取材させてもらった。瑠奈さんの夢は実はすべて書き尽くせていないし、喜則さんにもまだ目標がある。果樹園の株式会社化だ。大学で経済学を学び、「新しい農業」に挑み続ける喜則さん。やりとげるだろう。

 取材メモでグリグリと丸をつけたのは、瑠奈さんを見守る喜則さんの「人生の主役は本人」という一言だ。夢を持ち続けよう。主役でいよう。そう思った。(鈴木剛志)

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