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09月17日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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人に食あり 食に人あり

(4)命をいただき 山と生きる

写真:イノシシを撃つ猪俣昭夫さん=いずれも金山町 拡大イノシシを撃つ猪俣昭夫さん=いずれも金山町

写真:イノシシの親子を撃った後、ひざまずき、手を合わせる猪俣昭夫さん 拡大イノシシの親子を撃った後、ひざまずき、手を合わせる猪俣昭夫さん

写真:いろりを囲み、イノシシやシカ肉を焼いた 拡大いろりを囲み、イノシシやシカ肉を焼いた

 ●マタギ 生き物と向き合い

 白銀の福島・奥会津の里山。乾いた銃声が両耳を突き抜けた。続いて、2発、3発。キーンと甲高い音が頭の中でこだまする。カメラをのぞき、必死にシャッターを切り続けた。ファインダーの中の男性が、そっと銃口を下ろした。銃口から硝煙が上がっていた。

 マタギ。その存在を知ったのは昨年5月、名古屋から福島に赴任してすぐの頃だ。市街地に出没したクマを取材する中で猟友会員から聞いた。山に暮らし独特の宗教観を持ち、狩猟を生業とする。そして、奥会津に県内で随一のマタギがいるらしいと。

 12月中旬、私は金山町の山にいた。カメラを抱え、マタギの猪俣昭夫さん(68)と、弟子の八須友磨さん(26)の背中を追った。

 山は一面、雪に包まれていた。動物に気づかれるため、言葉は出せない。しんと乾いた空気が張り詰め、3人の息づかいと、雪を踏む音だけが響く。

 出発前、「マタギって何ですか」と猪俣さんに尋ねた。「命に感謝し、山と共に生きるのがマタギ。1つの動物を絶滅させることができる腕を俺らは持っているが、自分が食べる以上の獲物は絶対に撃たねえ」

 高さ10メートルを超えるスギの間を抜け、膝(ひざ)上まで雪にはまり、道なき道を行く。3時間半ほど歩いただろうか。猪俣さんが突然、顔をこちらに向け、無言で私の背後を指さした。振り返ると、10メートルほど先で、黒い大きな二つの塊が木々の間を駆け抜けた。

 「イノシシだ。写真!」

 とっさに思い、ファインダーをのぞいた。銃口を下ろした猪俣さんの視線の先には体長50〜100センチの親子とみられる2匹のイノシシが倒れ、後ろ脚がピクピクと動いていた。

 弾は2匹の首元を正確に撃ち抜いていた。猪俣さんがイノシシに近づき、八須さんも続く。2人は帽子を取り、手袋を外して雪の上にひざまずく。

 「天照(あま・てらす)大神(おおみかみ) 御山(おん・やま)の神 この谷の獅子を授けさせたまいしことを御礼申し上げたてまつる」。山に入って約4時間後、猪俣さんが初めて口を開いた。八須さんも復唱する。幾度も繰り返してきた山の神事だ。

 「小手川さん、ショックだべ」。猪俣さんは立ち上がり、語りかけた。「命を食べるってことがどういうことか、よく見とけよ」

 八須さんと私は、イノシシの前脚にロープをくくり引っ張った。重さ50キロ以上はある。約200メートル離れた沢の近くまで運ぶと、猪俣さんがナイフ1本で前脚から皮をはぎ始めた。腹を切り裂くと、鮮血が雪の上に飛び散り、腹の中から湯気が上がった。

 ナイフで肉を切り取ると、一口大の白い脂の塊を無言で私に差し出した。口に含むと、甘く、温かかった。「どうだ。さっきまで生きていた味だべ」

 猪俣さんがマタギの道に入ったのは24歳の頃。マタギだった父が山の事故で亡くなったのがきっかけだった。「マタギって言っても、今の時代それだけでは食べていけねえ」。消防で働くかたわら、山に入った。8年前に定年退職した後はマタギ1本だ。

 しかし、2011年3月、東京電力福島第一原発事故が発生。約130キロ離れた山あいで暮らす生活にも影響が及んだ。県内で捕獲されたイノシシやクマの肉から国の基準を上回る放射性セシウムが検出され、いまも出荷停止が続く。山に入る猟師は減り、人里に出没する鳥獣の数が激増。猟友会などが駆除した多くはそのまま処分される。

 「撃った動物を食べないなんて、俺には考えられねえ」。猪俣さんは悲しい顔だった。動物や植物と対峙し、命を頂き、山と暮らしてきた。命をみすみす捨てる行為を受け入れることは出来なかった。

 ふもとの猪俣さんの自宅に戻ると、いろりを囲んでイノシシの心臓を焼いた。猪俣さんは「心臓を食べられるのは、山に入った者だけなんだ」と言った。こぶし大のどす黒く赤い塊を切ってかじると、コリコリして、ほのかに苦かった。

     ◇     ◇

 弟子の八須さんは私と同じ26歳。埼玉県の食品会社を2年前に辞め、放浪の旅で出会った猪俣さんに引かれ、17年11月に金山町に移住した。山でたき火を囲み、八須さんは私にこう話した。「命とは何か、都会では気づけなかったよ」

 コンビニ、カップ麺など便利さに慣れた自分が恥ずかしかった。極寒の山奥で食べた生肉は温かく、自然の中で生きる命に触れたような感覚がした。(小手川太朗)

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