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東日本大震災5年

浪江の未来 歌に託し

写真:昨年の東日本復興支援コンサートで熱唱する牛来美佳さん=太田市西長岡町 拡大昨年の東日本復興支援コンサートで熱唱する牛来美佳さん=太田市西長岡町

 あの震災から間もなく5年が経つ。福島第一原発の事故の影響でいまだに故郷に戻れないシンガー・ソングライターの女性は、「生きる力が試された5年だった」と語った。6日、太田市で開かれる東日本復興支援コンサートに出演する。未来はまだ見えないが、いつか、涙が笑顔に変わる日が来る――。積み重ねた思いを歌に託し、伝える。

 遠く遠く 窓の外眺めて 元の未来 探すけれど

 どこにあるの…

 福島県浪江町から避難してきたシンガー・ソングライターの牛来(ごらい)美佳さん(30)が、昨年に発表した「いつかまた浪江の空を」の歌詞の一節だ。

 「『元の未来』という表現は普段しませんよね。どんな未来だったのでしょうか」

 福島第一原発から30キロ圏内に町のほぼ全体が含まれる浪江町は、帰還困難や居住制限区域などに指定され、全町民が町外に避難した。牛来さんはプロモーションビデオの撮影のため、2年前から故郷を数回訪れた。商店街には誰もいない。立ち入り禁止のバリケードの先を見つめ、切なくなった。

 伝えたくて

 諦めたくなくて

 想い 歌に 叫ぶけれど

 どこに届くの…

 これまでも、震災後の浪江を歌った曲を発表してきた。「この歌詞は私自身。浪江の現状を伝えている歌手活動が、どこに届くのでしょうか」

 ビデオには、浪江町の小学生の歌声も収録した。町には6校の小学校があったが、原発事故後は4校が休校し、2校が福島県二本松市で合同の仮校舎となった。収録当時、全校生徒は21人。「浪江に帰って、この歌を家でみんなと歌いたい」と話す子どもたちの笑顔は、希望にあふれているように見えた。

 牛来さんは震災から5年を振り返り「生きる力が一番試された5年間だった。失ったものが多いほど、教えられるものが多く、悔しい気持ちがあるほど生きていく力に変えていくしかなかった」。

 いまも太田市で娘と暮らしながら歌の創作を続けている。先の見えない不安な生活が続く。

 曲名にある「いつか」に浪江の未来を込めた。「数十年後、百年後かもしれないが、どんなに時が流れても、浪江町に人があふれるところを見たい」と話す。

 いつかまた浪江の空を またみんなで眺めたいから

 歩くよ どこまでも歩くよ

 涙がいつか 笑顔に

 変わる日が来る

 コンサートは午後2時〜4時、長岡寺(太田市西長岡町728)で開かれる。県内のバンドなどが出演する。牛来さんは震災の3日後に書いた曲など数曲を披露する。浪江町の映像をスクリーンに映し出しながら歌い、収録した浪江の児童の歌声も流れる。入場無料。問い合わせは実行委員長の石原健司さん(0276・37・7332)まで。

 (伊藤繭莉)

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