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平和・ヒロシマ

核禁条約、長く険しい道

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写真:松井一実・広島市長(右)と握手するコスタリカのエレイン・ホワイト大使=広島市中区 拡大松井一実・広島市長(右)と握手するコスタリカのエレイン・ホワイト大使=広島市中区

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 ■NPT体制に危機感も 賢人会議・国連軍縮会議

 核兵器のない世界への道筋を模索するため、各国の有識者が意見を交わす「賢人会議」と「国連軍縮会議」が11月27日〜30日にかけて広島市内で開かれた。今年7月に国連で採択された核兵器禁止条約について、賛否双方の立場からの問題提起と議論があった。参加者は平和記念資料館を見学したり、被爆者の証言に耳を傾けたりするなど被爆の実相にも触れた。

 「核禁条約に冷ややかで、全体の雰囲気は日本政府の態度を表していた。『条約ができても、なかなか進まないよ』というスタンスの人が多いと思った」

 核禁条約を成立させるために活動してきた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)の国際運営委員を務める川崎哲(あきら)さん(49)は最終日の会見で、4日間の議論をこう振り返った。

 賢人会議では、NGOの代表者の一人として、委員らを前に「非人道的な結末を防ぐため、安全保障における核兵器の役割を低減し、先制使用の禁止など、これらの措置にかかる透明性の向上に努めるべきだ」と主張した。

 国連軍縮会議の最終日もパネリストとして登壇。核禁条約に向けられた批判について反論し「近い将来、核不拡散条約(NPT)と核禁条約が潮流となり、核軍縮の国際的な枠組みを形作ることになる。相互補完的に活用するのが賢明」と述べ、二つの仕組みが車の両輪のように機能することが理想であると提言した。

 しかし、NPTをテーマにしたセッションでは、核禁条約とNPTとの歩み寄りに妙案は出ずじまいだった。あるパネリストは、核軍縮が進まない現状に不満を抱いた非核国を中心とした国々がNPTを脱退し、核禁条約に相次いで加われば、NPT体制への国際的関心が薄らぐ可能性があることに危機感を示した。

 これに対して、会場の有識者からは、NPT体制下で段階的に削減する「ステップ・バイ・ステップ・アプローチ」に対して、「天国への階段を上るように長い」と批判的な声が出た。(松崎敏朗)

 ■「広島市民のみなさまに敬意払う」 コスタリカ、ホワイト大使メッセージ

 7月に国連で採択された核兵器禁止条約の交渉会議で議長を務めたコスタリカのエレイン・ホワイト大使が、国連軍縮会議にあわせて広島市を初訪問した。初日の11月29日、松井一実市長と会談し、広島市民へ以下のメッセージを寄せた。

 「広島市民の皆さま、私は、失われた命に、ご家族の強さに、そして70年以上にわたって核兵器の非人道的な結末を世界に伝えてきた被爆者の皆さまに、敬意を払うために来ました。皆さんのご努力が、私たちのインスピレーションの源でしたし、国際社会が皆さまの声を聞いてきた。核兵器廃絶は、被爆者の皆さま方だけの問題ではありません。世界平和の問題であり、人道性の存亡の問題であり、人間の尊厳を認識することなのです。私にとって、ここに来ることが重要だった。広島市民の皆さまとご家族の皆さまに敬意を表します」(宮崎園子)

 ■必要派と不要派、取り持つのが役目 小倉桂子さん(80)

 賢人会議が始まった27日、有識者らは広島平和文化センターの小溝泰義理事長の案内で広島市中区の平和記念資料館へ。被爆者から体験を聴く時間も設けられた。

 この日は、「平和のためのヒロシマ通訳者グループ」の代表小倉桂子さん(80)が英語で証言。原爆が投下され、傷ついた人を助けられなかった葛藤に苦しめられる心情を語り、今も目に見えない心の傷があることを強調。また、いずれ被爆者という目撃者がいなくなるという考えから、同区の市立基町高校の生徒が被爆者から体験を聞いて描いた絵の写真も見せた。

 小倉さんは「広島は、人々が核兵器の持つ正体の目撃者・証人になるためにあり、証人になるためにあなた方にも来ていただいている」と訴えかけた。

 証言を終えた小倉さんは「米国の中でも核兵器が『絶対に必要』と言う人と『いらない』と言う人がいる。その両方の主張を取り持つのは、日本の大きな役目。知り、考え、話し合うことは平和活動で一番大切なことです」と語っていた。(田中瞳子、松崎敏朗)

 ■草の根運動、廃絶につながると信じる 梶本淑子さん(86)

 29日には、軍縮会議の参加者が平和記念資料館などを見学。核兵器禁止条約の交渉会議で議長を務めたコスタリカのエレイン・ホワイト大使も参加した。

 「原爆は死んだ人も生き残った人も本当に地獄だった。毎日、父を返してほしい、母を元の体にしてほしいと原爆を恨み、米国を恨み、日本政府を恨みながら生きてきた」

 証言に立ったのは、爆心から2・3キロ離れた学徒動員先の工場で被爆した梶本淑子さん(86)=広島市西区。戦時中は、空襲警報が鳴ると防空壕(ごう)に入りおびえる日々が続いたことなど、当時の暮らしぶりを説明したうえで、原爆が投下された直後の惨状を語った。

 倒壊した建物の下敷きとなりながらも抜け出したところ、街は壊滅していた。爆心地からは、ちぎれた自分の腕を持って歩く男の子や、死んだ赤ん坊を抱えた母親らが歩いてきたという。梶本さんは、「必要性を訴える国もありますが、核兵器は絶対悪です。人類と共存できるものではありません。一人ひとりの力は小さいが、やがて草の根運動となり、核廃絶につながると信じている」と呼びかけた。(田中瞳子、松崎敏朗)

 ◆キーワード

 <賢人会議> 岸田文雄前外相の提唱で発足した。核兵器保有国と非保有国との間で溝が深まっていることを踏まえて、信頼関係を再構築し、核軍縮の進展につなげようと外務省が主催。日本貿易振興機構(JETRO)の白石隆アジア経済研究所長が座長を務める。「核兵器のない世界」に向けた提言をまとめ、来春の核不拡散条約(NPT)再検討会議の第2回準備委員会に提出する予定。

 <国連軍縮会議> 1989年度から、ほぼ毎年1回、日本国内で国連が開いている。アジア・太平洋地域の軍縮問題への関心を高め、各国の政府関係者や有識者らの間で対話することを目的にしている。広島市で開かれるのは、被爆70年にあたる2015年度以来、5回目。

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