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平和・ヒロシマ

被爆73年「生き証人」走る

写真:早朝、通勤客らを乗せて原爆ドーム脇の相生橋を渡る被爆電車の651号。まちの景色は変わっても、昔と変わらず走り続ける=広島市中区、上田幸一撮影 拡大早朝、通勤客らを乗せて原爆ドーム脇の相生橋を渡る被爆電車の651号。まちの景色は変わっても、昔と変わらず走り続ける=広島市中区、上田幸一撮影

写真:定期検査を受ける被爆電車の651号。車体の下にある電気系統の装置などが丁寧に整備された 拡大定期検査を受ける被爆電車の651号。車体の下にある電気系統の装置などが丁寧に整備された

写真:定期検査を受ける651号の運転台=広島市中区の広島電鉄本社、上田幸一撮影 拡大定期検査を受ける651号の運転台=広島市中区の広島電鉄本社、上田幸一撮影

 ■現役の広電「651号」

 整然と並ぶ路面電車の中に、「昭和」からタイムスリップしてきたような車両がたたずむ。車輪はサビと砂ぼこりが混ざったような色だが、レールと接する部分は鈍く光り、現役を主張している。

 ここは、広島市内で路面電車を運行する広島電鉄(広島市中区)の千田車庫。このレトロな「651号」は、かつて広島に原爆が投下されたとき、爆心地から1キロ圏内で走行していた。「被爆電車」と呼ばれている。

 カチャカチャと工具の音がする車両の下を見ると、係員が3カ月に一度の検査に格闘していた。

 運転席はあくまでアナログだ。ワイパーは手動で、パンタグラフの高さはひもを引いて調整する。車体側面には小傷やひずみ、塗装のはがれがいくつも見え、窓枠にはひと目でわかる凹凸がある。検車係長の清水池(しみずいけ)和彦さん(56)が「雨で腐食した部分を切り落として、パテで埋めるんです」と教えてくれた。

 被爆時に扉や内装など木の部分が焼失し、鉄製の枠組みと台車だけが残った。塗装の厚みや数々の凹凸は、技術者たちが手間を惜しまず、73年間にわたって改修・補修を重ねてきた証しだ。

 焦土の記憶と古傷を刻み、広島のまちを走る651号。「生き証人」の軌跡は続いていく。

 □焦土の記憶 傷痕も乗せて

 「今日も母を捜しに行こうとした時に、先生が『今日から市内電車が運行するので、誰か乗務して下さい』と言われました」

 「乗客は無口な人が多く、『おゝ電車が動くんか』と驚かれる人。『鉄橋が怖いけんのー』と有難(ありがた)がる人。『火傷(やけど)の人、斑点が見える人』色々でした」

 被爆3日後の1945年8月9日、広島電鉄は一部区間で運転を再開した。「一番電車」に乗務した当時15歳の広島電鉄家政女学校の堀本春野さん(故人)は、広電の社史にこんな手記を残した。

 広電の被害は甚大だった。社史によると、従業員1241人のうち185人が死亡し、266人が負傷した。電車も123両のうち108両が損傷した。それでもわずか3日で日常の足を復活させ、市民を勇気づけた。

 42年の製造で、被爆当時は最新式だった651号も修復され、翌46年3月には再び走り始めた。

    ◆ ◇ ◆

 その後、高度経済成長期を迎え、道路網の整備とマイカーの普及、大量輸送の波の中で路面電車も大型のものが導入され始めた。広電は大阪や神戸、京都などで使われた大型の車両を買い取りつつ、比較的大きい651号を運行させ続けてきた。

 バラエティーに富んだ各種の車両が数両ずつ走る広島の路面電車は、いつしか市民から「動く博物館」と親しまれるようになり、651号の現役続投の追い風にもなっていった。

 ただ、近年は路面電車も高速化が図られ、651号が精いっぱいの速度で走ってもすぐに他の車両に追いつかれてしまう。このため同型の652号とともに、通勤・通学ラッシュで多くの車両が必要な平日朝だけ運行されている。

 都市交通だけではなく、651、652号は「生き証人」としての責務も果たしている。毎年8月6日の直前には平和学習に利用され、車内は被爆者の証言に耳を傾ける場に変わる。

 朴(パク)南珠(ナムジュ)さん(85)は、路面電車に乗っていて被爆したひとり。その体験を10年以上、子どもたちに語ってきた。「被爆電車は、戦争の傷痕を示す一つの証し。戦争は悲しみしか残らないと、後世に伝えていってほしい」

    ◆ ◇ ◆

 広島の復興と発展に寄り添ってきた651号も、今や76歳。平本敦・車両課長(55)は、あまたの先人たちが手がけた車両をこう誇る。「アナログな分、手を加えればいくらでも走れるんです」(橋本拓樹)

 ■651号の仲間たち その後は

 被爆電車と呼ばれる651号と652号には、同じく被爆した653〜655号という、同型の「仲間」がいた。

 653号と654号は2006年に第一線を退いたが、653号は15年から、8月6日前後に日時と区間を限って走っている。運行可能な651〜653号は平和学習に使う場合、状況に応じて有料で借りることができる。

 完全に引退した654号は、広島市安佐南区にあるヌマジ交通ミュージアムへ寄贈された。653号と654号はともに、被爆当時と同じ灰色と青色に再塗装されている。

 残る655号は残念ながら、事故によって1967年に廃車となってしまったという。

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