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叶える力【叶える力】

(7)漫画家・野田サトルさん

写真:(C)野田サトル/週刊ヤングジャンプ・集英社 拡大(C)野田サトル/週刊ヤングジャンプ・集英社

写真:作品資料として野田サトルさんが手に入れたヒグマの毛皮=東京・神保町の週刊ヤングジャンプ編集部 拡大作品資料として野田サトルさんが手に入れたヒグマの毛皮=東京・神保町の週刊ヤングジャンプ編集部

写真:(上から)野田サトルさんの色紙と自己分析 拡大(上から)野田サトルさんの色紙と自己分析

■勇気・覚悟、ヒット生む 徹底取材と大胆さ、魅力に

●「ゴールデンカムイ」作者、漫画家・野田サトルさん

 舞台は明治末の北海道。漫画「ゴールデンカムイ」は、「不死身の杉元」の異名を持つ日露戦争帰りの元兵士とアイヌ民族少女のコンビが、陸軍第7師団や新撰組残党らを相手に金塊争奪戦を繰り広げる冒険活劇だ。

 スピーディーな展開と迫力満点の描画が2014年の連載開始以来、評判を呼び、昨年は「マンガ大賞2016」にも輝いた。9巻までの単行本は計270万部を突破、快進撃が続く。

 だが、この成功の陰には苦い体験があった。

 10年近いアシスタント生活を経て巡ってきた本格デビューのチャンスに、長年温めてきた苫小牧の高校アイスホッケー部の物語を選んだ。「手あかがついていないジャンルで、なぜか本場・北海道を舞台にしたものがない。自分なら本物を描けると確信していました」。自信を持って初の連載「スピナマラダ!」を11年に始めた。

 しかし、期待した読者の反応はなかった。翌年、「時間を無駄にして欲しくない」と編集長から連載終了を告げられ、作品は全6巻で完結。今思えばわかりにくいタイトルや話の運び方など、反省点はたくさんある。一度読者を引き込むことに失敗すれば、挽回(ばんかい)するのがどれだけ難しいかを痛感させられた。

     *

 それから「ゴールデンカムイ」の構想が固まるまでには1年近い時間が必要だった。「あの悔しさは、次作が売れなければ癒やせない。絶対にヒットさせて見返してやる」。それが野田さんの原動力になった。

 アイデアの出発点は、屯田兵で日露戦争にも従軍した曽祖父の人生。そこに担当編集者から紹介された北海道を舞台にした狩猟小説が融合し、物語の骨格ができた。読者ニーズも考え、主人公の相棒をアイヌの少女に設定。取り上げられることが少なく、多くの人々に新鮮に映るであろう豊かなアイヌ文化を正面から描こうと決めた。

 前作の反省から「とにかく一話目から全力疾走して読者を引きずり回そう」と考えた。アクション、狩猟、アイヌの儀礼や食文化、そしてギャグ……。多様な要素をつぎ込んだ。「絶対に人気が出る」という自信を支えたのは、徹底した「取材」にあった。自分の経験や妄想で描けてしまう漫画は面白いものにならない、という信念だ。

 資料を読むだけでなく、「本物」に会い、観察を重ね話を聞く。連載前から道内各地の博物館などを訪ねた。アイヌの言葉、民具のひとつを描くにも研究者に確認し、可能な限り実物にあたる。多忙な執筆の合間を縫って、猟師の狩りに同行し、獲物の内臓を生で食べたこともある。「しっかりと取材し勉強した上で、破綻(はたん)寸前の大きなウソをつく大胆さも必要です」。それが物語に活力を与えた。

 例えば、アイヌ社会では男女の役割分担が明確で、作品に登場する少女のように弓を持つ女性はいないとされ、設定の誤りを指摘する意見が編集部にも届いたという。だが、監修で協力する北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原次郎太モコットゥナ准教授によれば、狩りをする女性が登場する昔話が平取や白老に残っていることが、その後わかったという。

 綿密な取材がリアリティーを生み、現実にも影響を与える。そうした真摯(しんし)な姿勢がアイヌ民族関係者や研究者からも、大きな信頼を得た。

     *

 自分の思いを叶(かな)える最大の力は何なのだろう。

 野田さんは「新しいものに挑戦するフロンティア精神」だという。誰も行かない方向へ危険だけれど進む勇気。みんなと同じ方向へ向かっても分け前は少ない。「ただ博打(ばくち)みたいな人生を選ぶには、すべてを犠牲にする覚悟が必要です」(山内浩司)

     *

 のだ・さとる 北広島市出身。「作品と作者は切り離して考えるべき」という方針から、写真や詳しい経歴などは非公表。今回の取材も書面で回答してくれた。2003年、「恭子さんの凶という今日」でデビュー。06年、ちばてつや賞ヤング部門大賞受賞。「ゴールデンカムイ」は週刊ヤングジャンプで連載中。第10巻は今春発売予定。

 ■取材メモ

 「寡黙だけれど、とても意志の強い人」と担当編集者の大熊八甲さん(32)は語る。

 本質的には笑いが好きなタイプだそうだ。「ゴールデンカムイ」では当初、ギャグを封印して真面目に描くつもりだったが、「今では悪ふざけが過ぎる作品になってしまった」とは本人の弁。

 描くことに対する熱量は半端ではない。執筆はデジタル製作だが、単行本化の際には、胸毛一本まで納得いくまで直す。今後の目標は「このまま全力でゴールまで走り抜けられることですね。連載の途中で死なないこと」と回答してくれた。

  ◇  ◇  ◇

 ■回答インタビュー全文

 ◇漫画家になるまでに経緯は?

 何となく漫画家になりたいなという秘めた思いは小さい頃からありましたが、本腰では描かずにいました。「漫画家になりたい」という希望は何かしら結果を出さないと親や友人には恥ずかしくて言えなかったので腕試しのつもりで新人漫画賞に送ってみたところ、賞に引っかかり担当さんが付きました。アシスタントからはじめて絵の描き方や漫画の業界を知ろうと思い上京しました。でも週刊連載というのはアシスタントにとっても大変な仕事で、週に5日間は泊まりがけで、寝ている以外はアシスタントの仕事をしてるんですね。

 休日は疲労困憊で、それでも仕事で毎日、絵を描いてはいるので満足感があるのが怖いところで、結局ズルズルと自分の作品を描かずに日々が過ぎていきました。国友やすゆき先生のところでお世話になっていて、ようやく生活する収入を得ながら自分の作品を描く時間が作れました。これは幸運だったと思います。他の作家さんだったら今もアシスタントをやっていたかもしれません。

 ◇初めての連載デビュー作品「スピナマラダ」でアイスホッケーを取り上げた理由と約1年で連載が終了した時のお気持ちは?

 アイスホッケーは手あかがついていないジャンルだったし、この競技を題材にした既存の作品はいくつかありますが、どれもなぜか本場である北海道を舞台にしていないのが疑問でした。自分なら本物を描けると確信していました。絶対にうまくいくと信じていましたが、反応が全く無くて落ち込みました。今から考えると甘かったかなという反省点がいくつもあります。まずタイトルが覚えられないですよね。あとはやはり一話で読者を引き込めないといけないとか。

 それでも全然人気がなかったのに6巻まで出してもらえたのは感謝しています。本当なら2巻で終わっていたと思います。編集長に連載終了の意図として「時間を無駄にして欲しくないから」と言われました。一度読者を引き込むことに失敗すれば、どれだけ良いものを描こうが挽回するのは難しいです。

 今では編集長の判断はまさにその通りだったと思います。当時は悔しかったですが。

 ◇「ゴールデンカムイ」の連載にあたって考えていたことは何でしょうか

 ゴールデンカムイのアイデアが出てくるまで、一年くらい時間がかかったと思います。次は絶対にヒットさせて見返してやるという思いが強くあったのが原因です。次回作をヒットさせればスピナマラダを知ってもらえるし、作品の良さに気付いてもらえると考えました。

 あの時の悔しさはゴールデンカムイが売れなければ癒やせないですし、まだ満足してません。今現在も「思ってたより売れてるな」という達成感もありません。ゴールデンカムイを描いている苦労にまだ全然見合っていないと思っています。

 とにかく一話目から全力疾走して読者を引きずり回そうと決めてかかりました。いまもずっと全力で走り続けている気分です。

 ただ予想外だったのは、前作はコメディー要素が多かったので、ゴールデンカムイはギャグを封印して真面目に描こうと決めていました。いまではこのザマですね。悪ふざけが過ぎる作品になってしまいました。

 ◇「足を使って、見て、感じたことを大切にしないと面白い漫画は生まれない」ことをモットーにしておられますね

 それは前作のアイスホッケー漫画を描いてるときから確信していることです。自分の経験や妄想で描けてしまう漫画は面白いものになりません。キャラクターの馬鹿な行動、ダメな人間を描くのは簡単です。

 難しいのはプロフェッショナルな人間を描くことです。アイスホッケーも狩猟も試行錯誤で編み出してきたプロの技があります。

 本物に会って観察して話を聞くほうが本を何十冊読むより身になります。それは人物じゃなくても「物」でもそうで、実物を見に行ってはじめて気づくことがたくさんあります。アイヌの民具なんかは出来るだけあらゆる角度から写真を撮っています。

 ◇「ゴールデンカムイ」の人気の原因は何だと思いますか?

 一話目を描いた時にこれは人気が出るはずだと感じていました。最大のポイントはやはりアイヌの文化が読者に新鮮だったということではないでしょうか。このデリケートな題材に勇気を持ってサポートしてくれた担当さんと編集部の方たちのおかげだと思います。

 ◇目標を「叶える力」で一番大事なものは何だとお考えになりますか

 アイスホッケーやアイヌを題材にしたこともそうですがやはり新しいものに挑戦していくフロンティア精神が大事だと思います。誰も行っていない方向に危険だけど進む勇気が必要だと思います。

 前作は売り上げで失敗しましたけど、本格アイスホッケー漫画を世の中に残せたと思っています。ゴールデンカムイもアイヌは要素の一部ではありますが、詳細にアイヌを描いた漫画として今のところ一番の作品だと思っています。

 ◇目標や夢が見つからない、悩んでいる人に何かアドバイスがあれば

 みんなと同じ方向に進んでいっても分け前は少ないです。ただ博打みたいな人生を進むにはすべてを犠牲にする覚悟が必要です。

 ◇「座右の銘」や常に意識している言葉はありますか?

 「本物に会いに行く」こと。しっかりと取材し勉強してそのうえで破綻寸前の大きな嘘をつく大胆さも必要だと思います。

 ◇これからの目標を教えてください

 この作品がこのまま全力でゴールまで走り抜けられることですね。連載の途中で死なないこと。

 <完>

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