メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

08月10日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

わがまち遺産【わがまち遺産】

オホーツクミュージアムえさし(枝幸町)

写真:デスモスチルスの全身骨格化石の複製。歩く姿を復元した。今にも動きそうで、子どもながら迫力を感じる=枝幸町三笠町 拡大デスモスチルスの全身骨格化石の複製。歩く姿を復元した。今にも動きそうで、子どもながら迫力を感じる=枝幸町三笠町

写真:実物大に復元された竪穴式住居。複数家族が共同で生活していたとみられ、いにしえの暮らしが垣間見られる=枝幸町三笠町 拡大実物大に復元された竪穴式住居。複数家族が共同で生活していたとみられ、いにしえの暮らしが垣間見られる=枝幸町三笠町

写真: 拡大

■いにしえの枝幸、ロマン感じて

 体長1・5メートルほどの子どもというのに、なんとも迫力がある。1100万年前ごろに絶滅したとされる謎の多い哺乳類「デスモスチルス」の全身骨格化石の複製だ。

 1977年に歌登町(現・枝幸町)で発見された。全身化石は世界で2例しかないうえ、歌登ではほぼ完全な形で発掘されて「世界一の全身化石」と言われる。実物は産業技術総合研究所の地質標本館(茨城県つくば市)が保存。枝幸では歩く姿と泳ぐ姿を再現した骨格複製や水中のイメージ図の展示だが、太古のロマンを感じさせる。

     *

 ミュージアムは昨年5月にリニューアルオープンした。改装に13カ月かけ、広さは1100平方メートルと2・5倍に。歌登町の資料を含め、展示を3倍以上の約1800点に増やし、観覧料を無料にした。天井から全長7メートルもあるシャチの骨格標本をつり下げ、シンボルに加えた。館長の高畠孝宗さん(43)は「枝幸を総合的に広く発信する博物館に」との思いを込める。

 充実しているのは、5〜9世紀ごろに栄えた「オホーツク文化」の展示。後期の8〜9世紀ごろの目梨泊(めなしどまり)遺跡(枝幸町目梨泊)から出た鉄製の蕨手刀(わらびてとう)など国の重要文化財がずらりと並び、その奥に実物大に復元した奥行き約10メートルの竪穴式住居がどんと構える。未解明な面が多い当時の暮らしの一端がうかがえる。

     *

 夕張市出身の高畠さんは筑波大在学中にオホーツク文化を学び、目梨泊遺跡を訪ねたことがきっかけで枝幸町の学芸員になった。この遺跡は大陸や本州との交易窓口で、埋葬方法が他地域と違うという。「一つの社会が外の世界とつながり、変化する過程をここで見ることができるかもしれない」。高畠さんは謎解きにも似た魅力を語る。

 こうした地域の遺産を知ってもらおうと、体験講座などの催しを毎月開いている。調査などに協力してくれる町民もいて、年5千人ほどだった入館者は改装後の9カ月で9千人を超えた。「地域とともに育つミュージアム」を目標に据える高畠さん。「子どもたちにも自分の町を誇れるようになってほしい」と願っている。

 (島田賢一郎)

PR情報

ここから広告です

PR注目情報

北海道報道センターから

北海道アサヒ・コムへようこそ。
身のまわりの出来事やニュース、情報などをメールでお寄せ下さい(添付ファイルはご遠慮下さい)
メールはこちらから

朝日新聞 北海道報道センター 公式ツイッター

注目コンテンツ