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道内スポーツ【2017冬季アジア札幌大会】

振り返って(下)冬季五輪招致へ手応え

写真: 拡大

写真:アジア大会の最終日、アジア・オリンピック評議会の幹部らと手を握る札幌市の秋元市長(中央)=2月26日、札幌市白石区 拡大アジア大会の最終日、アジア・オリンピック評議会の幹部らと手を握る札幌市の秋元市長(中央)=2月26日、札幌市白石区

■市民らボランティアで支援

 札幌市にとって、冬季アジア大会は今回で3回目。第1回(1986年)と第2回(90年)の選手・役員はそれぞれ四百数十人だったが、今回は過去最多の32カ国・地域から約2千人が参加した。2026年の冬季五輪・パラリンピック招致を目指す札幌市は、大会運営能力が問われた。

 大会を主催したアジア・オリンピック評議会(OCA)のアハマド会長は、開幕後の記者会見で「72年の冬季五輪施設のレガシー(遺産)を活用した大会で将来的にもいい例になった。札幌には五輪を開催する能力があり、準備もできている」と高く評価した。

 大会組織委員会長を務めた札幌市の秋元克広市長も大会最終日の記者会見で「さらなる国際大会の誘致に向け、札幌にとって自信と励みになった」と手応えを語った。組織委によると、大会の総入場者数は約8万人。札幌ドームでの開会式が最多の2万9千人だったほか、アイスホッケー女子は大会直前に平昌五輪の出場切符を獲得したこともあり、平日でも多くの観客が訪れた。有料チケットの売り上げも目標の1億2千万円を達成した。

 開幕直前、選手たちの宿舎「アパホテル&リゾート札幌」で南京事件などについて否定的な本が置かれたことを巡って組織委が対応に追われたが、開幕後は各会場で混乱はなかった。

 秋元市長は運営が順調だった要因として「多くの国際大会を経験してきた各競技連盟の力」を挙げた。72年札幌五輪で「日の丸飛行隊」と呼ばれた伝統のジャンプは言うまでもなく、カーリングやスキーフリースタイルなどの新しい競技でも、豊富な「人の資産」が生きた。アハマド会長は「市民がいいサポーターになっており、これこそが札幌の宝。他大陸で札幌のような都市はない」とたたえた。

 市民はボランティア活動でも大会を支え、約4600人が厳しい寒さの中で会場案内や通訳などをした。だが配置には偏りがみられ、多忙な会場もあれば、手持ちぶさたなところも。メインメディアセンターの札幌コンベンションセンターでIDチェックをしていた男子大学生は「ただ立っているだけ。外国人と話す機会が欲しかった」と不満をこぼした。

 14年にロシア・ソチで開かれた冬季五輪には88カ国・地域から選手・役員が参加した。今回のアジア大会の2倍以上だ。秋元市長は規模の違いを認識した上で、「今回の経験をいかしてさらにレベルを高めていきたい」としている。

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