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水曜「生きる」【けんこう処方箋】

偏見との戦いに一生修行 齋藤利和

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写真:イラスト・佐藤博美 拡大イラスト・佐藤博美

●幹メンタルクリニック院長・札医大名誉教授 齋藤利和

 50年前、ミュージカル映画「南太平洋」を見た。太平洋戦争中に米軍が駐屯するある島が舞台だ。島のフランス人農園主エミールと従軍看護師のネリーは恋に落ちるが、ポリネシア人の前妻の子の存在が結婚をためらわせる。雄大な自然と対比して、偏見に揺れる心が描き出される。

 35年前、米国に留学した。根強い黒人差別を長年の公民権運動が打ち破ったばかりだった。米国の黒人差別に嫌悪を抱いていたし、自分にはそんな偏見はないと思っていた。

 大学の研究室のスタッフは大半が白人で、少数の東洋系、インド系の研究者もいた。ところが地下の動物舎へ行った時、湧きあがる違和感と恐れに当惑した。原因は、ほとんどのスタッフが黒人だったからだと気付いたのは、少し後のことだ。

 育ってきた社会の見慣れた人の姿かたち、日常のあり方が心の奥深く根付いていた。それ以外を恐れ排除しようとする、心の底に隠れていた差別・偏見に気付かされた。しかし、個人的に深く知り合うことでそれは消えた。

 精神障害者に対するそれも、同じ心の構造から生まれる。作業療法学科の教員だった時、学生に意地悪な質問をした。「精神病者に偏見を持ってないと思う人」。ほとんどが手を挙げた。「精神病者に身内の世話を頼める人」と問うと、誰も手を挙げなかった。「昔からの知り合いで精神病を患ったことがある場合は」との問いには数人が手を挙げた。

 そもそも「精神病」という人はいない。この世に住む隣人が心の病気になるに過ぎない。ところが精神病というイメージが独り歩きし巨大化して、理性をのみ込む。

 それに精神障害者は急性期を除き、社会で暮らすことはできる。差別・偏見を乗り越えるためには、その人を知り理解することに尽きる。でも、これが難しい。

 医者になった直後からアルコール依存症治療と取り組み、苦労もしたつもりで専門家面をしていたが、実は表面的な症状を捉えることにだけに終始していた。共にこの世に生きる人が遭遇した困難の話として、病歴を聞けたのは数年後のことだ。正直に言えば「隣人の話」として病歴を聞けることは、今でも少ない。まだまだ未熟である。

 これからも私の内なる偏見と向かい合っていかなくてはなるまい。一生修行は続く。

 (齋藤さんのコラムは今回が最終回です)

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