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水曜「働く・暮らす」【けんこう処方箋】

看護職、経験交え伝えたい 大日向輝美

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写真:<イラスト・佐藤博美> 拡大<イラスト・佐藤博美>

 皆さんは「看護職」にどのようなイメージを持っているだろうか。

 看護職は看護師・助産師・保健師の総称だが、看護職というと、まず看護師を思い浮かべる人が大半だろう。日本人であれば必ずどこかで看護師と関わっているはずだから、その時の印象や経験がイメージとなっているかもしれない。

 看護職のイメージに関する調査や研究は、国内外で多く実施されている。歴史的に見ると、社会は必ずしも看護職に好意的だったわけではない。医師の補助を生業とする「安価な労働力」とみなされていた時代もある。

 看護職を志望する学生の多くは、看護という仕事を選びたいと言った時に、両親を始め周囲から、きつく大変な職業に就くことの覚悟を問われた経験があるようだ。最近は社会的貢献度の高い専門職として評価が高まり、女子の憧れる職業の上位に位置するようになったが、「身体的にも精神的にも厳しい仕事」という見方は昔も今も変わらない。

 もう40年近く前になるが、私の場合はこうだった。

 高校時代の病気の体験を機に、それまでの志望を変えて看護師を目指すと決意した時、肯定・否定の入り交じる実に様々な反応があった。当時看護師は3K(きつい・汚い・危険)の職業と言われ、社会的評価も今ほどではなかった。一方で、学問として歩み始めた看護学を後ろ盾に、「看護の自立」が進んでいた時代でもあった。

 仕事は確かにきついことも多かった。新卒で配属された胸部外科では、手術後の患者を受け持ち、わずかな油断が死に直結する緊張感に消耗した。心電図モニターの音が耳について寝付けず、患者が急変する夢を見ては跳び起きた。気の休まるいとまのない日々だったが、一方で、健康を取り戻していく患者の笑顔に触れるのがうれしかった。死に逝く患者を前に無力感に襲われながらも、その場に立ち会う人間であることに意味を覚えた。私にとって看護は、やりがいの感じられる無二の仕事となった。

 最初の話に戻ろう。

 看護職について、実はよくわからないという人が案外多いのではないだろうか。確かな

のは、看護は人々が健康に生きる上で欠かせない社会機能ということだ。この連載では看護、そして看護職について、皆さんの理解が進むように経験を交えてお伝えしていきたい。

     ◇

 おおひなた・てるみ 札幌医大保健医療学部長 1962年札幌市生まれ。北大大学院教育学研究科単位修得退学。博士(教育学)。札幌医大附属病院での臨床経験などを経て、2014年から現職。専門は基礎看護学・看護教育学。

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