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水曜「働く・暮らす」【逸品 ひとモノ語り】

温泉旅館矢野の「藩主料理」

写真:「藩主料理」を披露する温泉旅館矢野の若女将・杉本夏子さん=松前町 拡大「藩主料理」を披露する温泉旅館矢野の若女将・杉本夏子さん=松前町

■大盆に9品 松前の歴史と文化

 あわびご飯にあんかけの寄せ豆腐、ニシンの甘露煮と数の子、大粒のイクラに松前漬け……。朱色の器に盛られた9品の料理が、大きな盆の上に並ぶ。

 松前城跡に近い松前町の温泉旅館矢野が、15年ほど前にメニューに加えた「藩主料理」。大女将(おおおかみ)の工藤冴子さん(76)は「松前の歴史と文化が詰まっています」。

 「藩主料理」の元になったのは、松前藩の14代藩主松前徳広(のりひろ)の婚礼で出された祝い膳。1862(文久2)年に行われた婚礼の記録は「文久壬戌御昏礼記(みずのえいぬごこんれいき)」に詳細に残された。ナマコや数の子、昆布などを盛りつけた前菜に始まり、本膳、二の膳、三の膳と続く豪華な料理が、絵入りで詳細に書き留められている。

 「松前藩の婚礼御膳の記録が残っているのは、これだけです」。同町教育委員会の主任学芸員、佐藤雄生さんは話す。幕末、維新の激動へと向かう時代。松前城下が戦場となった戊辰戦争で、藩の多くの文書も焼失したという。

 松前の郷土史研究家らが開いていた藩政時代の文化や料理を学ぶ会がきっかけで、矢野旅館がアレンジして客に出すようになった。

 寄せ豆腐は、北前船と近江商人らによって伝えられた上方の食文化、殿様が食べた紀州のみかんは早馬などで運ばれた。ニシンは春先に大群で海岸に押し寄せ、蝦夷地繁栄の象徴でもあった。あわびご飯に使われるエゾアワビは、干しアワビにして長崎に送られ、「長崎俵物(たわらもの)」として中国に輸出されていた。

 藩主料理には、道南で正月に食されるくじら汁と、東北地方から伝わった、けいらんなど郷土料理も加わる。膳の一品一品に、松前の物語が込められている。若女将の杉本夏子さん(43)は「文化や郷土芸能は、住んでいる人たちが、まちに誇りをもっていたからこそ、残せたもの。藩主料理もその証し。これからも大切にしていきたい」と話している。

 (泉賢司)

     ◇

 温泉旅館矢野は1951(昭和26)年創業。若女将の杉本夏子さんが3代目になる。江戸時代の松前は、寒冷地で新鮮な野菜などが手に入りにくかったことから、冬期間は塩漬けや干し物の保存食が使われた。サクラの名所・松前公園は旅館のすぐ西側の高台に広がる。約250種、1万本とも言われるサクラが、4月下旬ごろから5月中旬ごろまで、咲き継いでいく。

 「藩主料理」は税込み3240円、前日までに予約が必要(電話0139・42・2525)。

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