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水曜「働く・暮らす」【けんこう処方箋】

ナイチンゲール、幅広い業績 大日向輝美

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写真:イラスト・佐藤博美 拡大イラスト・佐藤博美

●札幌医大保健医療学部長 大日向輝美

 5月12日は「看護の日」だった。国際看護師協会は、1965年にこの日を「国際看護師の日」と定めた。日本では有識者らの呼びかけをきっかけに90年に旧厚生省により制定され、前後の期間が「看護週間」となった。

 5月12日なのは「近代看護の創始者」である英国のフロレンス・ナイチンゲール(1820〜1910)の誕生日にちなんでいるからだ。ナイチンゲールは偉人伝に登場する歴史的人物だから、読者の皆さんも名前を聞いたことがあるだろう。

 彼女は複数の言語を操り、統計学を駆使して戦略的に行動し、看護や医療の枠に収まらない業績を残した。陸軍の衛生改革、植民地の福祉政策、貧困者の自立支援、病院建築など、活躍は幅広い分野に及んでいる。

 彼女自身が看護師として活動したのはわずか2年半なのだが、現在ナイチンゲールと言えば看護の歴史を動かした人物として知られ、看護師の代名詞ともなっている。

 看護界におけるナイチンゲールの功績は、病人が病気から回復するために必要な「看護とは何か」を、歴史上初めて明らかにしたことである。

 クリミア戦争の従軍時に、ナイチンゲールは野戦病院の傷病兵の死亡率を半年余りで42%から2%に引き下げた。この劇的な死亡率の減少は、彼女が実施した「看護」によってもたらされた。

 当時の傷病兵の主な死亡原因は、創傷の感染や褥(じょく)そう(床擦れ)、コレラなどの疫病で、戦場で受けた傷そのものではなかった。治療時の処置は不衛生、病舎は暗く不潔で、兵士からは悪臭が漂っていた。彼らは世話もされずに放置され、食事は粗末で自力で食べる力のない者もいた。

 ナイチンゲールは病院内の衛生状態を改善し、傷病兵の身の回りの世話をした。温かい食事を提供し、身体を清潔に保ち、動けない者の体位を変えた。生きる力を奪う恐怖や不安を和らげるため、ベッドを回って声を掛け、兵士たちを慰めた。

 彼女は、患者の生命力を消耗させるものを徹底的に取り除き、療養生活を取り巻く条件を整えて回復を促していった。今では当たり前に思える看護活動だが、現代に受け継がれる看護の原型である。

 ちなみに皆さんもご存じの通り、看護師は24時間患者に寄り添い、交代で看護をしている。看護師の夜間勤務は、ナイチンゲールがランプを灯(とも)して患者を見回った「夜回り」から始まったのである。

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