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水曜「働く・暮らす」【トップに聞く】

旭川家具工業協同組合会長・桑原義彦さん

写真:旭川家具工業協同組合会長・桑原義彦さん 拡大旭川家具工業協同組合会長・桑原義彦さん

写真:旭川家具センターが大幅改装し、「旭川デザインセンター」として21日にグランドオープン。IFDAの主会場となる 拡大旭川家具センターが大幅改装し、「旭川デザインセンター」として21日にグランドオープン。IFDAの主会場となる

■時代先取り、デザインフェア

●旭川家具工業協同組合会長・桑原義彦さん(70)

 ――21日から始まる「国際家具デザインフェア旭川(IFDA)2017」の開催委員会長を務めています。今年は10回目の節目で新企画も充実しています。

 「1990年から3年に1度開催し、27年間にIFDAがもたらしたものをPRする企画を練りました。先行して、椅子研究家織田憲嗣さんのコレクションの企画展を開催中です。フェア期間中は歴代の入賞作品やエピソードでたどる『IFDAのあゆみ展』を開き、過去に入賞したデザイナーによる新作発表が見どころです。IFDA開催の立役者で、旭川家具業界を引っ張ってきたカンディハウス創業者の故・長原實さんの業績の紹介にも力を入れました」

 ――IFDAを始めたきっかけは何ですか。

 「当時の旭川家具は婚礼家具としてのタンスなど『箱もの』が主流でした。長原さんは若い頃、市の事業で派遣されたドイツで、経済成長すれば箱ものは建築の中に組み込まれて需要は減る、これからはデザインが鍵だと学んだんです。このままでは生き残れないという危機感から68年、椅子などの『脚もの』主体でデザイン重視のメーカーを立ち上げました」

 「90年は市の開基100年で記念事業の計画があり、長原さんや、当時旭川にあった東海大旭川校でインテリアデザインの先生らが、世界のデザイナーのノウハウを集めようとフェアを企画したのです」

 ――長原さんの読みは当たったということですね。

 「バブル崩壊後、予想通りになりました。ウォークイン・クローゼットが広まり、2001年には地元最大手の老舗問屋が倒産。メーカーは自ら企画・デザインした商品を直接顧客に売るようになりました」

 「他の家具産地でも似た動きがありますが、先頭に立つのが旭川です。どこも東南アジアや中国から安くて品質もそれなりの製品が入ってきて苦労している。旭川家具の出荷額も激減しましたが、小さな工房も生まれ、ここ数年、旭川家具工業協同組合の会員数は増えているんです。これは全国の家具組合で異例です」

 ――IFDA以外の取り組みはありますか。

 「毎年、全国のバイヤーに旭川家具を宣伝する新作展示会を開いていますが、15年からは『デザインウィーク』と銘打ち、もっと一般の人も呼べる楽しいイベントにしようと、空間アート作品を展示するなど工夫しています。3年前からは北海道の広葉樹を使って家具をつくるプロジェクトも進め、参加メーカーも製品も増えていますよ」

 (聞き手・渕沢貴子)

    *

 くわばら・よしひこ 70歳 1947年紋別市生まれ。旧北見高等職業訓練校で家具造りを学ぶ。67年に技能五輪国際大会家具部門で銀賞、79年に匠工芸(東神楽町)を設立。2007年に旭川家具工業協同組合理事長に就き、13年から同会長。14年に黄綬褒章受章。

 ■木工芸を若手に指導

 旭川は飛騨(岐阜)、大川(福岡)などと並ぶ五大家具産地。旭川市と近隣の東川町、東神楽町にメーカーがある。森林資源に恵まれ、旧陸軍第7師団設立で街が発展して職人が増え、明治期から木工業が発展した。同市は1955年に市木工芸指導所(現市工芸センター)を設立。初代所長の松倉定雄氏は若手指導に力を注ぎ、長原さんや桑原さんも「松倉塾」で学んだ。

 同センターの調査では、ピークの91年度に440億円あった旭川家具の推定生産額は一時120億円を切ったものの盛り返し、2014年度は147億円。

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