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水曜「働く・暮らす」【現場一話】

函館市電「七人の侍」 熟練工の技継ぐ

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写真:NPO法人「函館市電の熟練工の技を伝える会」の七人のメンバー=函館市駒場町 拡大NPO法人「函館市電の熟練工の技を伝える会」の七人のメンバー=函館市駒場町

写真:整備用に台車の部品をつくる伝える会の作業員=函館市駒場町 拡大整備用に台車の部品をつくる伝える会の作業員=函館市駒場町

■台車整備、熟練工の技継ぐNPO

 1913年、北海道で初めて函館市に路面電車が登場した。100年以上にわたり市民や観光客の足として愛され続ける函館市電の安全を、「七人の侍」が支えている。

 同市駒場町にある駒場車庫内の整備場。鉄を削る切削工具の甲高い音が響き、鉄粉と油の入り交じった工場特有のにおいが立ちこめる中、おそろいの紺色のユニホームを着た男性7人が、黙々と作業に取りかかっていた。

 NPO法人「函館市電の熟練工の技を伝える会」(村上英彦理事長)のメンバーで、年齢は30歳から78歳。うち4人が60歳以上のベテランで、若手は30代の3人のみだ。

 現在37両ある車両の「台車」と呼ばれる車輪まわりなどの定期検査を市交通部から請け負っている。車両の心臓部と言える台車の点検をNPO法人が担っている例は全国でも珍しいという。毎月1編成のペースで、台車を部品ごとに分解して亀裂が入っていないか細かく調べていく。すり減った部品があれば溶接して元に戻したり、車輪を削って決められた形に修復したりする。古い車両になれば部品も自らの手でつくっている。

     *

 函館市電は戦時下の43年に市営化し、最盛期の64年度には総延長約17キロ、1日平均13万5千人が利用していた。しかし、マイカーの普及や沿線人口の減少、路線の廃止もあり、今は温泉地やJR函館駅前を通る2系統計10・9キロで、平均利用者は1万5千人ほどにまで落ち込んでいる。

 利用者の減少はそのまま独立採算制の経営を圧迫。交通部は、新規採用を抑えるなど人員削減を進め、これまで自前で担っていた車両の整備点検業務を外部化した。だが、安全運行に直結する台車の整備を請け負う業者が民間にはなく、交通部の退職者が協力会を結成して担ってきたが、高齢化でその協力会もすでに解散した。市電自体の存続も危ぶまれる中、「熟練工の技術を、時間をかけて次の世代に伝えることが必要」と2006年にNPOを発足させた。

 最高齢でこの道60年の阿部征男さん(78)は「若いメンバーは上達も早く頼もしい」と話す。ベテラン作業員の経験知に支えられた点検作業だが、技術継承のことも考え、約100ページの作業マニュアルも作った。現場責任者を務める10年目の三浦昭宏さん(35)は「技術面などもっと磨かなくてはいけないところはまだまだたくさんある。事故なくいつまでも市電を残していきたい。そのためにも技術を次の世代にも引き継ぐ責任感でいっぱいだ」と話す。

 (宋潤敏)

 ■見直される路面電車

 「チンチン電車」の愛称で親しまれ、かつて全国の都市部で走っていた路面電車も多くが姿を消し、国土交通省によると、現在は17都市(15都道府県)で19事業者が運行している。ただ近年は、渋滞緩和や環境負荷が少ない点から見直され、低床で乗り降りしやすい路面電車も高齢化で存在感を高めている。

 函館市電は1913年6月29日に東雲町―湯の川間で開業。2015年度の利用者は1日平均1万4419人だったが、16年度は北海道新幹線の開業効果などで1万5912人に盛り返している。市交通部の広瀬弘司施設課長(52)は「NPOのおかげで安全運行ができている。彼らは市電の未来にとっての光だ」と話す。

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