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土曜「聞く・語る」【ひと模様】

若菜勇さん(1)神秘の球体、保全探る

写真: 拡大

写真:「マリモ博士」の若菜勇さん=9月30日、東京・上野の国立科学博物館 拡大「マリモ博士」の若菜勇さん=9月30日、東京・上野の国立科学博物館

写真:マリモ企画展「マリモの謎」 拡大マリモ企画展「マリモの謎」

 ●マリモ博士・若菜勇さん

 国の特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」が発見されてから120年を迎えました。この間、絶滅の危機に遭遇するたび、マリモに魅せられた多くの人たちの献身的な努力と工夫によって乗り越えてきました。深緑の神秘的な球体を巡る多くの謎も一つひとつ解明されています。

 ■「平和の大使に」

 《メモリアルイヤーの今年、どんな企画・催しがありましたか》

 東京の国立科学博物館で企画展「マリモの謎」が8月22日から45日間開かれ、14万人以上が訪れました。1日あたり約3千人。予想以上の来場者数に「マリモに関心があるんだなあ」と改めて実感しています。

 10月には阿寒湖で、マリモ発見命名者の川上瀧弥(1871〜1915)の業績をテーマに国際シンポジウムを開きました。札幌農学校の学生だった川上が1897(明治30)年に毬(まり)のような球状の藻を発見したのが始まりでした。川上は1908(同41)年に台湾博物館の初代館長に就いたため、シンポでは同博物館の研究員らが講演し、意見交換などしました。

 交流はさらに深まり、12月2日から台湾でもマリモ特別展が始まりました。若い女性たちが日本語で「カワイイ」を連発していました。マリモを見たり手にしたりするとだれもがニコニコする。小さな生き物ですが、人と人とをつなぐ「平和のアンバサダー(大使)」になれるかもしれないという思いを強くしました。

 ■何度も絶滅危機

 《この120年間、何度も『絶滅の危機』を繰り返しました》

 阿寒湖のマリモは、その時代ごとに「危機」が訪れ、大きな流れの中では減少を続けています。

 一方で、マリモの歴史は危機に対する地元住民のみなさんが一体となった保全の歴史でもありました。それらの活動がなければ阿寒湖マリモはとうに絶滅していたと思います。

 ■学芸員に就任

 《その神秘的な球体に多くの研究者たちも魅せられました》

 川上のほか、札幌農学校、北大とつながる植物学、藻類学、生態学などの専門家たちがマリモを研究対象としてきました。山形大理学部の教授もマリモ研究に取り組みました。

 旧阿寒町がマリモ保全のため専門の学芸員を探していた時、この二つの大学と縁があった私に白羽の矢が立ちました。

 それぞれの分野で著名な研究者が阿寒湖マリモに取り組みましたが、「マリモとは何か」「なぜ丸いのか」「なぜ阿寒湖だけか」という『謎』に対しては明確な結論には到達できていませんでした。

 謎だらけの存在だった阿寒湖のマリモ。学芸員の着任時、こう言われました。

 「マリモがどうあるかでなく、(保全のため)どうしなければならないか。それを研究してほしい」

 (聞き手・見崎浩一)

    *

 わかな・いさむ 1957年8月、岩手県奥州市生まれ。山形大卒業後、北海道大学大学院で博士課程を修了。91年、旧阿寒町に学芸員として赴任、現在は釧路市教委マリモ研究室長。マリモの生態研究などに長年携わり、「マリモ博士」と呼ばれている。

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