土曜「聞く・語る」【ひと模様】
若菜勇さん(2)12年で半減、衝撃走る
●マリモ博士・若菜勇さん
「絶滅するかもしれない」。1985(昭和60)年までの12年間にマリモの半減が分かり、保護関係者の間に衝撃が広がりました。森林伐採による土砂流入や水位低下による露出など、過去の減少原因ははっきりしていて対処できましたが、この時ばかりは、湖水汚濁が関係しているらしいもののメカニズムが分からず、手の打ちようがありませんでした。
90(平成2)年、地元保護団体の設立40周年シンポで若い研究者を現場にはり付ける案がまとまり、翌年5月、北大の大学院を修了したての私が旧阿寒町の学芸員に着任しました。
■原因究明が目標
《最初はどのようなことに取り組みましたか》
マリモ半減の原因究明が目標になりました。阿寒湖から約45キロ離れた町役場近くに研究室を構え、北大の大学院生と一緒に光合成実験に取り組みました。
「マリモは大きくなるほど強い光を必要とするのではないか」「水が濁ると光不足になり、大きなマリモが育たなくなるのではないか」と仮説を立て、様々な大きさのマリモを実験容器に入れ、光の強さと光合成速度の関係を調べました。
また、マリモは何百年もかかって大きくなると信じられていましたが、成長を促進する要因を探るべく培養実験にも取りかかりました。というのも、マリモの世界的な分布は海沿いの湖沼に集中する傾向があり、塩分が影響しているのではと考えられたのです。
結果はいずれも仮説通りで、3年後には減少原因と成長条件のアウトラインが明らかになりました。
《95年から3年間、町教委の第3次総合調査が始まりました》
73年、85年に続く大規模な調査でした。従来は球状マリモが主な対象でしたが、この時は阿寒湖の全域も調べました。すると、球状マリモのほかに、当時の分類体系にあてはめるとフジマリモやトロマリモ、カラフトマリモに相当する色々な形状の藻体が確認されたのです。
これらは球状マリモと同じ種なのか、それとも異なる種なのか。守るべきマリモの実態をはっきりさせる必要に迫られました。
■徐々に生態判明
《阿寒湖だけでなく国内各地の調査にも取り組みました》
様々な専門分野の研究者と組み、国内のマリモ湖沼十数カ所を回る生態調査を93年から始めました。得られた藻体はDNA分析にかけ、系統推定のデータを得ます。新たな湖沼を調査するたび初めて見る事象に遭遇し、調査メンバーで毎晩のように「なぜだろう」と議論を交わしました。
6年ほどかけて全国調査を終えた結果、マリモ類の分類はそれまで学会で議論されていた「1種か、多種か」ではなく、マリモといまだ記載されていない通称タテヤママリモの「2種」からなることが明らかになりました。
点ごとの調査・分析を地道に増やして線につなげ、線と線を集めて面にして全体像を描き出す――。「マリモとは何か」が徐々に見えてきました。
しかし、もう一つの大きな謎である「なぜ丸くなるのか」は当時、まだ分かりませんでした。
(聞き手・見崎浩一)
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