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水曜「働く・暮らす」【トップに聞く】

オーシャン・井上雅之社長

写真:オーシャン・井上雅之社長(44) 拡大オーシャン・井上雅之社長(44)

写真:昨年12月に出店した香港で4軒目となる梅光軒の新店舗=オーシャン提供 拡大昨年12月に出店した香港で4軒目となる梅光軒の新店舗=オーシャン提供

 ■旭川ラーメン、アジア商圏に攻勢

 ●オーシャン・井上雅之社長(44)

 ――「梅光軒」はすでに海外に12軒。アジアを中心に世界がマーケットです。

 「海外での商売について多くの日本人が『日本とアジア』『対アジア』というくくりで考えがちですが、私は『アジアの中の日本』と捉えています。北海道は気候風土も文化も他のアジアと異なる魅力的な地域。そこに安くておいしく安全な食べ物があるから人が押し寄せる。日本経済が停滞していても、商圏人口を東アジアとアセアン(東南アジア諸国連合)を合わせた20億人と考えれば、消費する力が爆発的に拡大しているのは明らかです」

 ――日本にない苦労は。

 「材料を旭川から現地に届けるまでに、船の手配、輸出申請、関税、その国での輸入申請と物流などの一つひとつに経費とパートナーが必要です。2016年に出店した社会主義国のベトナムではそれも難しく、味噌(みそ)ダレとメンマ以外は全て現地調達。しょうゆは同じアセアンのシンガポールから仕入れ、麺はベトナムに日本出荷用の工場を持つ四国の会社と出合って、特別生産してもらいました」

 ――地方の店からよくぞ世界進出をめざしました。

 「旭川で梅光軒というブランドを築いたのは父の仕事です。自分が今の会社を作ったとき、『第2創業』とでも言うワクワク感がありました。必ず通用すると確信し、身一つでシンガポールに出向いて物件探しから材料調達、国際手続きの方法を探って、1回目の渡航で建物を契約したんです。難しいどうかより、やるかやらないか。東京出店も海外への出店も『飛行機に乗る』行為に大差はないというような感覚です」

 ――とはいえ賭けでは。

 「大切なのは常に『引き返せる』状態にしておくことです。最初の確信と矛盾するようですが『絶対成功』などない。一発勝負で全てを失ってはなりません。最も重要なのは国内のしっかりした土台で、梅光軒の場合は父が創出したそれがありました」

 ――ここまで成功してきたのはなぜでしょう。

 「事前調査です。最初のシンガポールは実は半年間、お客が来なくて絶望的な思いを経験しました。反省からその後は、例えばベトナムでは出店まで5年の時間と膨大な経費を費やしました。調べられる限り日本で調べ、あとは必要な情報を人とのつながりと足を使って調べて回ったんです」

 「よくある大勢の団体視察ツアーではいけません。肝心な『自分がそこでビジネスできるか』を見定める貴重な時間を無駄にします。日本人はアジアのどこでも歓迎され商売がしやすい。先達が築いた信用を生かし、次につなげていくことが問われると思います」

 (聞き手・渡辺康人)

    *

 いのうえ・まさゆき 1973年旭川市生まれ。「梅光軒」の創業2代目。旭川南高卒業後、米国の大学で経営学を学び、帰国後10年間、店で修行を積んだ後の2006年に海外進出のためオーシャンを設立。44歳。

 ■梅光軒、海外に12店舗

 旭川ラーメンの中でも全国的に知名度のある梅光軒は現在、旭川、札幌、東京など国内に10店舗、海外ではシンガポール、台湾、香港、米国ハワイ、ベトナムに計12店舗を展開する。

 1969年、父弘之氏が旭川市常盤町で創業(現在本店は移転)。人気店となり、市内や札幌で多店舗化を図るなか、雅之氏が2006年に別会社オーシャンを設立して、07年シンガポールに海外1号店を出した。以降、海外展開を急加速し、米国デラウェア州に現地法人も設立。来年、ロサンゼルスの大型商業ビルに米国本土の1号店を開く。

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