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道内スポーツ【北海道発 平昌2018】

念願白星へ「チーム旭川」応援

写真:13日のチェコ戦で、パックを追う三沢英司選手(左)=北村玲奈撮影 拡大13日のチェコ戦で、パックを追う三沢英司選手(左)=北村玲奈撮影

写真:観戦会に毎回顔を出し、三沢選手に声援を送る日本製紙旭川事業所の中山晋一所長(右)。苫小牧など遠方の大会にも駆けつけるという=旭川市 拡大観戦会に毎回顔を出し、三沢選手に声援を送る日本製紙旭川事業所の中山晋一所長(右)。苫小牧など遠方の大会にも駆けつけるという=旭川市

 ■パラアイスホッケー・三沢選手/平昌パラリンピック

 平昌パラリンピックのアイスホッケー日本代表の三沢英司選手(45)=東神楽町=に、旭川を拠点に障害者スポーツを支援する人々が熱いまなざしを送っている。これまで4戦してまだ白星がないが、16日の最後の試合に期待を寄せる。

 ■そり作り・リハビリ、まちぐるみ

 「ナイスフォロー」「三沢いいぞ!」

 14日夜に旭川市内で開かれた観戦会で、氷上を走り回る背番号25に大きな声援が飛んだ。今大会、日本は1次リーグ3試合で計1得点と振るわず、14日の5〜8位決定予備選でもノルウェーに大差で敗れたが、意地の1点をもぎ取った。三沢選手も相手のパスを度々カットするなど好プレーを見せた。三沢選手が勤める日本製紙旭川事業所の中山晋一所長は「彼の活躍でみんな盛り上がる。平昌で完全燃焼して帰ってきてほしい」とエールを送る。

 三沢選手は過去4回のパラリンピックに出場し、2010年バンクーバー大会では銀メダルを獲得したベテラン。10年前に東京から旭川に移り住んだ。きっかけは、バンクーバー大会で活躍し、15年に代表から退いた永瀬充さん(42)=旭川市出身=が発案して05年に旭川市で開かれた障害者アイスホッケー全日本合宿だった。ボランティアたちの熱意や、まちぐるみの支援態勢にひかれ、活動の中心にいた只石(ただいし)幸夫・カムイ大雪バリアフリー研究所会長(65)に「移住したい」と相談。今の職場も只石さんの知人を通して紹介してもらったという。

 三沢選手が乗るアイススレッジ(そり)は、旭川の福祉用具製造販売会社が作った。輸入品を改造して使う選手が多い中、一から作り上げたものだという。

 三沢選手は昨年10月の平昌パラリンピック最終予選で、左鎖骨を骨折する重傷を負った。その復帰を支えたのは旭川医科大だ。同大病院で手術を受けた後、理学療法士の塚田鉄平さん(39)がリハビリにあたった。

 同大は14年に「スポーツ医科学研究委員会」を設置し、障害者スポーツの支援にも積極的に取り組んでいる。塚田さんはそのメンバーの1人で、障害者スポーツ大会や合宿でトレーナーを務める。「平昌に出られるだろうか」と心配する三沢選手に寄り添い、腕に体重をかけられない間に衰えた筋肉を鍛え直した。塚田さんは「しっかり戦える状態にもっていけてほっとした」と話す。

 旭川では昨年、障害者スポーツを支援する5団体による「旭川パラスポーツ協議会」もつくられた。「支援の形はできている。さらにレベルアップして内容を充実させたい」と只石さん。「チーム旭川」の力を背に、三沢選手は16日、スウェーデンとの7、8位決定戦に臨む。

 (渕沢貴子)

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