メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

10月18日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

水曜「働く・暮らす」【逸品 ひとモノ語り】

北斗のトラピストクッキー

写真:缶や箱のパッケージは昔ながらの素朴なデザインだ=北斗市三ツ石 拡大缶や箱のパッケージは昔ながらの素朴なデザインだ=北斗市三ツ石

 広大な牧草地に囲まれて立つ、赤いれんがのトラピスト修道院。北斗市の丘陵地で、修道士らの祈りと労働の中から誕生した「トラピストクッキー」は、北海道みやげの定番として愛されている。

 修道院が創設されたのは1896(明治29)年。修道士たちは自給自足のため農耕や牧畜、酪農にいそしんだ。痩せた土地のせいで、牧草の育ちは悪く搾乳量も少なかった。だが、大正末期に入会した九州出身のセバスチャン今村修道士が、土壌改良や牧草・牛づくりに情熱を傾け、酪農事業は安定化した。

 1911年にはバター製造を始めた。日本人にバターのおいしさをもっと知ってほしいと、36年にバターをふんだんに使ったビスケットの製造に乗り出す。試行錯誤を重ね、やっとレシピを完成させた矢先、戦争で製造中止を余儀なくされた。再開は終戦後の50年。修道院を訪れた進駐軍の米兵に「これはビスケットでなく、クッキーと呼ぶ」と言われ、「トラピストクッキー」と改名した。

 大きな特徴は、じっくり発酵させた自家製の「発酵バター」を練り込むこと。当初は自然発酵だったが、雑菌が混ざって品質も落ち、評判は芳しくなかった。指導を仰いだ北大の教授から「乳酸菌を入れないとダメ」と教わり、味を改善した。

 さらに、発酵バターの製造過程でできるバターミルクを混ぜる点。これを加えて焼き上げることで、ぱさつかず、風味豊かなまろやかな味に仕上がる。材料や配合は当時のままだが、気候条件などを考慮しつつ焼き上げる時間を微調整する。坂本耕一修道士の指導のもと、細心の注意を払いながら生産している。

 「宣伝には何の苦労もなかった」という。口コミで評判が広がり、生産が追いつかないほどに。90年代のバブル期がピークで、「早出、残業の連続。お祈りどころじゃなかったよ」と副工場長の浜崎博一修道士は振り返る。

 現在の生産量は最盛期の10分の1ほど。それでも、坂本修道士たちは「伝統の味はこれからも守り通します」。

 (阿部浩明)

    ◇

 トラピスト修道院は仏カトリックの「厳律シトー会」が創設した日本最初の男子修道院。伝統のトラピストクッキー作りには週3〜4日、約10人の従業員が携わっている。生産量は年間約1300万枚。1包3枚入りで、税込み8包488円から24包1363円、36包2041円など。他にもトラピストバターや農場で収穫したハスカップなどの果実を使ったジャムも生産・販売している。問い合わせは製酪工場(0138・75・2108)へ。

PR情報

ここから広告です

PR注目情報

北海道報道センターから

北海道アサヒ・コムへようこそ。
身のまわりの出来事やニュース、情報などをメールでお寄せ下さい(添付ファイルはご遠慮下さい)
メールはこちらから

朝日新聞 北海道報道センター 公式ツイッター

注目コンテンツ