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水曜「働く・暮らす」【現場一話】

函館湾岸価値創造プロジェクト

写真:船入澗防波堤 拡大船入澗防波堤

写真:東本願寺函館別院 拡大東本願寺函館別院

写真:日本最古のコンクリート電柱=いずれも函館市 拡大日本最古のコンクリート電柱=いずれも函館市

 ■「日本最古」コンクリート遺跡群

 函館に残る歴史あるコンクリート遺跡群を観光資源につなげようと、産官学による「函館湾岸価値創造プロジェクト」(GRHABIP〈グラビップ〉)が取り組みを始めている。

 グラビップは北海道教育大函館校や大手旅行会社JTBといった、歴史・地理・観光など様々な分野の専門家らで構成し、函館湾岸の魅力を再発見しようと活動。目を付けたのがコンクリート文化だった。

 函館は幕末に日本初の開港都市として栄え、明治初期からは近代土木技術によるインフラがいち早く整備された。大火に見舞われることも多く、耐火性の高いコンクリートも全国に先駆けて導入。市内には「日本最古」と銘打ったコンクリートの建造物が数多く残されている。

 グラビップ事務局長を務める池ノ上真一・北海道教育大准教授は「函館で根付いたコンクリート文化がやがて全国に広がり、日本の近代化を支えた。先人の技術の高さに学ぶことが多く、その一つ一つに物語が隠されている」と話す。

 中でも注目するのが、近代港湾施設の先駆けとされる函館漁港船入澗(ふないりま)防波堤だ。防波堤はコンクリートブロックの基礎と石積みで造られた珍しい構造で、「近代土木の父」とされる広井勇が手がけた。1896(明治29)年に着工し、99年に完成。建設から100年以上たったいまも現役で、土木学会の「選奨土木遺産」や経済産業省の「近代化産業遺産群」にも選ばれている。同じく広井が手がけ、明治の代表的な土木遺産として名高い「小樽港北防波堤」も、函館での経験が生かされているという。

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 もう一つが函館山のふもとにある「東本願寺函館別院」。本堂は度重なる大火で焼失したことから、1915(大正4)年に日本初の鉄筋コンクリート造りの寺院として完成した。当時、コンクリートはあまりなじみがなく、檀家(だんか)から「大きな屋根がコンクリートでもつのか」「人々に踏まれた土砂を利用するのは不敬ではないのか」などの声があり、なかなか寄付金が集まらなかったという。そこで、コンクリート製の高床が完成したときには芸者を上げて手踊りさせたり、見物人も高床に上げて安全性を確認させたりと、苦労を重ねて理解を求めたとの逸話も残る。

 グラビップではこれらのコンクリート遺産を題材にした写真コンクールを実施。またJTBも「函館海岸コンクリート物語」として日帰りバスツアーも企画した。バスツアーは昨年11月の計6回で75人が参加。好評を得たといい、今年9月にも再度実施する予定だ。同社北海道事業部の塩地和也さんは「函館のコンクリート遺跡には建築的な面白さのほか、そこに隠された様々なストーリーが見どころ。函館という町の成り立ちにも大きく関係していて、町歩き気分のいい観光コースに育ってほしい」と話す。

 (宋潤敏)

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