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特集「北海道150年」【北のインデックス 蝦夷から北海道へ】

鉱物(3)砂金(下)

写真: 拡大

写真:広尾郡大樹町・歴舟川河口付近。夏の間は流域で砂金堀りが体験できる 拡大広尾郡大樹町・歴舟川河口付近。夏の間は流域で砂金堀りが体験できる

■いつしか消えた ゴールドラッシュ

 松前藩は、寛文9(1669)年に起きた「シャクシャインの乱」をうけて和人の蝦夷地への入地を禁じた。そのため、蝦夷地での砂金採取は以降、ほぼ途絶える。本格的な再開は、1816年にイギリスで始まった金本位制が、明治30(1897)年に日本で採用されてからのこと。「金」が世界経済の価値尺度となったことで、北見枝幸を皮切りにゴールドラッシュが巻き起こり、かつての砂金地にも注目が集まったのだ。

 十勝平野の大樹町を東西に貫流する歴舟(れきふね)川は、国交省が選定する「日本一の清流」に度々選ばれたことで知られる。実はこの川も、砂金にまつわる歴史をもつ。この地で松前藩が砂金採取を始めたのは、寛永12(1635)年からで、50年ほど続いたものの、松前藩が手を引いた以降は、川に静けさが戻った。

 再び川底に鍬(カッチャ)が入れられるのは、砂金ブームに沸いた明治30年ごろからだ。歴舟川の本支流に15の鉱区ができ、砂金掘りたちが押し寄せた。流域には彼らが寝起きする粗末な小屋がいくつも立ち、それらの集落は「気楽街」と呼ばれたという。砂金頼みのその日暮らしをそう呼んだのだろう。

 こうした前近代的な砂金採取と並行して、紋別市鴻之舞金山の大露頭など、道内各地で金鉱脈が見つかり、大資本を投入した鉱山経営が進められていく。ところがこれらの金山は、やがて国策に翻弄(ほんろう)されていく。

 戦争資材を海外から輸入するため、国を挙げて金の増産を進めた結果、朝鮮人などの強制労働という負の歴史を生みだす。そして戦況の悪化で貿易が途絶すると、金は不要となり、多くの金山が閉山に追い込まれた。一方の砂金掘りは、川底に砂金がなくなれば、それでおしまい。歴舟川に陣取った砂金掘りたちの姿も、いつしか消えていた。

 大樹町には、砂金掘りの歴史を今に伝える活動をする人々がいる。歴舟川のほとりで話をうかがった。地元で生まれ育った有岡繁さん(68)は、「いまも砂金は多少採れます。昭和30年代までは小遣い稼ぎで砂金を採る人もいて、換金して日用品や酒を買っていたようです」と語る。

 また、様似町から砂金採取に通い続ける天野荘一郎さん(61)は、「私も砂金掘りに取りつかれた一人」と苦笑しつつ、「砂金は大樹町の文化では」と話してくれた。それらの言葉には、欲望を刺激し、人々を狂乱の渦に巻き込んできた「金」の面影はない。

 有岡さんが「砂金は天からの贈り物です」とつぶやいた。目の前には、時代を越えて流れ続ける歴舟川が横たわっている。

 (文・井上美香)

 (写真・大友真志)

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