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道内スポーツ【スポーツ・ニュース】

氷都の宝が…釧路落胆

写真:日本製紙クレインズの廃部を発表する安永敦美オーナー兼代表(中央)ら=釧路市鳥取南2丁目 拡大日本製紙クレインズの廃部を発表する安永敦美オーナー兼代表(中央)ら=釧路市鳥取南2丁目

写真:「釧路の誇り」の応援を受け、攻める日本製紙クレインズの選手たち(左側)=8日、日本製紙アイスアリーナ 拡大「釧路の誇り」の応援を受け、攻める日本製紙クレインズの選手たち(左側)=8日、日本製紙アイスアリーナ

 ■日本製紙クレインズ廃部/アイスホッケー

 アイスホッケーの実業団、日本製紙クレインズ(釧路市)が今季で廃部になることが決まった。安永敦美オーナー兼代表らが19日、日本製紙釧路工場で記者会見して発表した。主力の紙事業の収益悪化に伴う合理化の一環という。「氷都くしろ」のホッケー人気を70年近く盛り上げてきたシンボルが消える。

 「釧路のまちの皆様の心温まる声援を糧に戦って参りましたが、チームとしての活動は来年3月末で終了します」。釧路工場長でもある安永代表が記者会見でこう切り出した。

 新聞用紙など紙需要の減少に歯止めがかからず、釧路工場では3台ある紙すき機のうち1台を止める。クレインズも経費節減に努めてきた。しかし事業構造転換を進めるなかでこれ以上継続はむずかしいと今月11日の経営執行会議で決定したという。

 現在、アジアリーグ(AL)の途中だが、選手には安永代表から18日に伝えられた。「選手たちは頭のなかは真っ白な状態になったと思う」(安永代表)。今後、選手24人や内定選手1人と話し合うとともに、チームの引受先を探す。

 1949年、十條製紙釧路工場アイスホッケー部として創部、74年に日本アイスホッケーリーグに加盟した。93年に本社合併に伴い現在の名前になった。2003年にALができると参加し、これまでに4回優勝。全日本選手権には7回優勝している。日本リーグ時代からのライバル・王子イーグルス(苫小牧市)とは伝統の熱戦を繰り広げてきた。

 記者会見に同席した佐々木博明部長は13年の全日本選手権と13〜14年のALで優勝した時の監督。「釧路でのAL最終ゲームで入場者数は3120人。これだけ(大勢の)ファンの前で優勝できたことが一番うれしかった」と振り返った。

 クレインズは「市民に愛されるチーム作り」を大切にした。釧路市内の各小中学校に選手が訪れて学校行事や出前授業、見守り活動に参加したり、広報紙を児童・生徒に配ったりするなど将来を見据えた交流を重ねた。釧路市への転入者には試合観戦チケットを配るなどしてPRし、市との連携も密だった。「選手が地域社会貢献で社外へ出て育ってくるのを頼もしく思っていた」と佐々木部長。

 クレインズは今季の全日本選手権は3位だった。ALは8チーム中、19日現在で2位につけている。佐々木部長は「これからもっと強くなるクレインズを見ていただきたかった。非常に残念です」と唇をかんだ。

 釧路市の蝦名大也市長は「発表を聞いて大変ショックを受けています。氷都くしろの宝であり、信じられない気持ちで言葉になりません」とコメントを出した。

 (高田誠)

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