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さよなら平成【さよなら平成】

(6)「街は人なり」、見つめ刻む

写真: 拡大

写真:ススキノの裏路地を歩く和田由美さん=札幌市中央区、白井伸洋撮影 拡大ススキノの裏路地を歩く和田由美さん=札幌市中央区、白井伸洋撮影

■その時限りで消えず、自分の手で、後の世にも残る「本」を作りたい

●和田由美さん(69)=「亜璃西社」社長、小樽市出身

 平成が始まる前年、1988年に出版社「亜璃西(ありす)社」を設立しました。この間、札幌の街も出版事情もすごいスピードで変化しましたが、いつダメになってもおかしくない会社が、30周年を迎えられたのは奇跡かもしれません。

 損保会社の社員から、23歳でタウン誌編集長に転身し、仲間たちと編集プロダクションを立ち上げました。道内外の雑誌製作などを請け負い経営は順調でしたが、雑誌の仕事はどうしても、その時限りで消えてしまうもの。次第に自分の手で、後の世にも残る“本”を作りたいと思うようになりました。自主企画で76年に出版した街歩きのガイドブック「札幌青春街図」が、シリーズ化されるほどヒット作になったことも後押しになりました。

 後ろ盾になる会社もなく、個人で出版社をつくるのは当時の札幌では珍しかったと思います。知り合いに声をかけ、17人から800万円を集めてのスタートでした。出版の素人で、怖いもの知らずだったからこそできたんでしょうね。バブル景気が始まる直前で、札幌もまだまだ元気でした。「5千万円までなら出資しようか」という人もいたんですよ。お金で縛られるのは嫌なので断りましたけど。

 手堅い実用書で経営を安定させながら、作りたい本を出そうという作戦をとり、硬軟取り混ぜた「なんでも」出版社を目指しました。幸い「北海道樹木図鑑」といったロングセラーや「北海道キャンプ場ガイド」などの定番ヒットが生まれ、何とか軌道に乗りました。でも、どうしてもやりたくて3号限定で挑戦した文芸誌は、返本率8〜9割と全く売れませんでした。自転車操業を続ける中、社会派のノンフィクションや、「地図の中の札幌」のように図版をふんだんに使った豪華本なども出すことができました。

 自分もライターとして、札幌の街の変化を見つめてきました。味わいのある建物が消え、みな同じようなビルに変わり、書店や映画館も次々なくなりました。飲食店の入れ替わりも激しいですが、質の高い店が増えているのは、全国的にみても誇れるところだと思います。

 街の文化はメインストリートからは生まれません。路地裏や横丁といった空間で育まれるものです。「街は人なり」。そうした人々の営みを、平成の次の時代へ向けても記録し、紹介していきたいですね。

 (聞き手・山内浩司)

     *

 わだ・ゆみ 「亜璃西社」社長、エッセイスト。1949年、小樽生まれ。72年にタウン誌の草分け「月刊ステージガイド札幌」編集長に就任。これまでに130冊余の書籍を出版。食べ歩きの達人でもあり、多くのグルメガイドも執筆。現在、朝日新聞夕刊で「さっぽろレトロ建物グラフィティー」を連載中。夢は、ベストセラーを出すことと、自社ビル「ALICEタワー」を建てること。

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