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各支局の話題【はりま歴史探訪】

拠点に残る「札座」 若狭野浅野家の陣屋跡

写真:陣屋跡に残る建物=相生市若狭野町若狭野 拡大陣屋跡に残る建物=相生市若狭野町若狭野

写真:今は使われていない建物の内部 拡大今は使われていない建物の内部

写真: 拡大

 元禄赤穂事件でお家断絶となる赤穂浅野家の居城だった赤穂城跡から北へ約10キロ。相生市若狭野町若狭野の静かな集落に若狭野浅野家の陣屋跡がある。赤穂浅野家の分家旗本3家のひとつで、一帯の13カ村を領地とする3千石の大身だった。世間を揺るがす大事件で本家は取りつぶされたが、若狭野浅野家は幕末まで7代、旗本として続いた。

 領地を治める拠点として設けた陣屋は、約3千平方メートルの敷地に家臣が執務する役所があった。参勤交代のない江戸定府の旗本だったことから御殿は不要だったという。明治維新で領地へ移り住んだ殿様一家の屋敷ができた時期もあるが、今では神社や広場となった。ただひとつ、木造2階建ての古い建物が残る。領内で通用した藩札をつくる「札座」として1822年ごろに建てられた。後に庵寺「法界庵」として使われ、地域の集会所となった時期もあるという。だが、今は傷みがひどく空き家になっている。

 1986年発行の「相生市史第2巻」が若狭野浅野家と陣屋について記すのは全687ページのうちわずか2ページ余り。文献が乏しかったせいだが、2006年11月になって関連する古文書が市内の旧家で大量に見つかった。ほこりの積もった唐櫃(から・びつ)を開けてみると古い絵図や帳面が詰まっていて、「浅野」の文字も見える。江戸時代のものと見当がついたため、ひな人形を民俗資料として引き取りに行ったたつの市立龍野歴史文化資料館が丸ごと譲り受けた。

 若狭野浅野家に関わる資料は約1千点。辞令に当たる口宣案や各種の手紙、武具のリスト、検視調書、人事案など内容は多岐にわたる。消火作業を差配する「火事場見廻(み・まわ)り」や山田奉行、堺奉行など就任した幕府の役職に関するマニュアルや絵図もある。改易に伴い本家から引き取ったとみられる赤穂浅野家の江戸上屋敷の絵図も含まれていた。

 資料を保管していた旧家は庄屋を務めた家で、祭りや税金など庄屋の仕事にまつわる記録も浅野家資料とともに保管されていた。ひっそりと埋もれていた郷土の歴史に光を当てた資料の巡回展が今秋、たつのと相生で開かれる。

 陣屋跡に残る「札座」の保存運動も始まった。活動する「浅野陣屋札座保存ネットワーク」の松本恵司代表は「重要な文献が見つかり先端研究が進んでいるのに、その舞台が消えるのはもったいない。保存と活用を」と呼びかけている。

(中村正夫)

◆アクセス

 JR山陽線の有年駅から東約2キロ。相生駅からは西約6キロ。山陽自動車道龍野西インターから西約8キロ、赤穂インターから北東約8キロ。

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