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連載3.11その時そして【1】

3.11その時 267)臼沢和行さん・1

写真:臼沢和行さんと押野千恵さん=2009年8月、京都市内 拡大臼沢和行さんと押野千恵さん=2009年8月、京都市内

 大槌町の復興支援の一般社団法人「おらが大槌夢広場」の臼沢和行さん(27)にとって、町の臨時職員だった押野千恵さん(当時27)は初恋の人だった。中学に入ってすぐ、廊下ですれ違い一目ぼれした。後から両思いだったと知ったが、お互い告白することなく卒業し、別々の高校に通った。

 再会したのは卒業間近。押野さんは京都でバスガイドになり、臼沢さんは静岡で建設会社に就職した。仕事のつらさなどをメールや電話で相談し合っているうち、押野さんが「付き合って」と言い、毎月会いに来てくれた。臼沢さんの前ではわがままだったが、人の前では立ててくれた。

 それから8年。押野さんが「家で親の面倒を見たい」と言うので結婚に踏み出せなかった。姉が実家に戻ったのを機に、臼沢さんは両親を訪ねた。父親は許してくれた。「長かったな」と言い合い、交際9周年の今年3月26日に挙式しようと約束した。昨年3月のことだ。

 津波は、4日後に来た。

 11日、臼沢さんは釜石港で道路の拡張工事を監督していた。「津波避難場所」の看板を立て終えた頃、突然、押野さんが遊びに来た。「会いたかったから午前中、仕事を休んだ。お昼食べよう」。押野さん手作り空揚げと、臼沢さんがコンビニで買った弁当を交換して食べた。

 押野さんは大槌に戻り、工事を続けていると、地鳴りと激しい横揺れ、縦揺れが襲った。見上げると鉄筋コンクリートのビルが波打っていた。渋る作業員に怒鳴りながら、一緒に山道に避難した。

 じわじわと波が引いた。沖で白波が立ち、近づいてきた。それを見た漁師が沖に船を出すことをあきらめる様子が見えた。あっと言う間に水面が上がり、波が堤防を越えてきた。車に乗った母子が流され、中で子どもが泣き叫んでいた。

 波が引き、釜石市職員に誘導されて近くの中学校に避難した。「海辺だからひどいが、千恵が勤める役場のある大槌の市街地は平気だ」と思っていた。たき火をおこす手伝いをした後、プレハブ小屋で携帯からテレビを見て、想像以上に被害が大きいと知った。

 避難所で乾パンと水を渡されたが「千恵も何も食べていないだろう。持って行ってやろう」と口をつけなかった。夜明け前、それらを背負って出発した。

 三陸縦貫道を歩くと、大槌から来る人たちの顔が青ざめていた。「どんな様子ですか」と聞いた。ぼうぜんと「火だ。もう(何も)ねぇ」と答えが返ってくるだけだった。それでも押野さんの無事は疑わなかった。
(松川希実)

 <大槌町役場>

 昨年3月11日の地震後、町長以下約140人の職員と、臨時職員は、避難誘導や庁内待機などに分かれた。加藤宏暉町長ら課長以上は役場の建物前に机を出して災害対策本部を設置した。津波は庁舎の2階部分まで達した。屋上で22人が救助されたが、40人が死亡・行方不明になった。町は、犠牲者の家族らに対し、当時の対応について、外部の聞き取り調査による検証を約束している。

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