メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

07月06日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

企画特集 3【神奈川の記憶】

(9)秦野の「天地返し」遺跡

写真:大地を掘り込んだ溝が一面に広がる。江戸時代の「天地返し」の痕跡だ=秦野市横野 拡大大地を掘り込んだ溝が一面に広がる。江戸時代の「天地返し」の痕跡だ=秦野市横野

 数多くの遺跡を見てきたが、これは久しぶりに驚いた。新東名高速道路建設のために秦野市で発掘調査が進む横野山王原遺跡だ。

 現地説明会で10月にご一緒した年配のご夫婦も思いは同じようだった。

 「ほらほら何て言いましたっけ、中国の、あの遺跡みたい」と奥様。

 「本当だな。人形がぎっしり並んだ、あの遺跡だろう」とご主人。

 丹沢山系の南麓(なんろく)、秦野盆地の山際の高台に整然と、見渡す限り一面、土を掘った溝が並ぶ。確かに中国の兵馬俑(へいばよう)のようだ。だが違うのは向こうは皇帝の墓の副葬品だ。それに対してこちらは江戸時代の農民の涙ぐましい奮闘の痕跡なのだ。

     *

 調査を担当する、かながわ考古学財団の天野賢一副主幹が説明してくれた。

 「1707(宝永4)年に富士山が噴火し、その時に降り積もった火山灰を取り除いた畑なのです」

 幅50センチ〜1メートル、深さ70〜80センチの溝を掘り、そこに火山灰を埋めて、その上に下から掘り出した土をかぶせた。溝は長いものは10メートルもある。溝の間に幅20〜30センチの壁を設けている。

 上と下の土を入れ替えるので〈天地返し〉と呼ばれる手法だ。

 噴火したのは当時の暦で11月23日。現在の暦だと12月16日になるので、本格的な冬へと向かうちょうど今ごろの季節であった。

 16日間も噴火は続き、富士の東に当たる秦野には、偏西風に乗り運ばれた火山灰が45センチもの厚さに積もった。「田畑野山一面砂場」と古文書は記している。

 「県史」は「この降灰による農民らへの打撃は、一瞬にして〈途方を失う〉ほど大きなものであった」と記している。種まきが済んで芽が出そろった麦をはじめ畑作物はほとんど全滅。「必定餓死」と危機を伝える文字が残っている。牛馬のえさ、冬だというのに燃料の薪にも困る事態に。

 火山灰を早急に取り除き春の種まきに間に合わせろとの指示を幕府は出した。しかし、食べ物はない、救助隊が来るわけではない。復旧作業はひたすら自力だけが頼りの重労働だった。

 農民らが〈お救いを〉と嘆願すると、幕府は「被災地救済」の名目で臨時増税を実施し、全国から49万両を集めた。だが被災地対策に使われたのは16万両ほどで、江戸城の修復などに多くは流用されたという。似たような話がそういえば最近の大震災でもあった。

 〈犬公方〉と知られる5代将軍綱吉の治世も末期。好き勝手な政策で幕府財政は火の車状態で、地震などの天災も相次いでいた。

 泣き面に蜂のように襲われた噴火に、農民たちが黙々と取り組んだ復旧作業の痕跡が大地に刻まれ残っていた。それがこの遺跡だ。

 天地返しをすると保水力が落ちた。そこで選ばれた葉タバコや落花生が秦野の特産となったという。

     *

 手間のかかる作業をしたのは川から遠かったからだろうと天野さんは見る。積もった砂は川に捨てるのが一番簡単な対処法だった。そのため川に砂がたまって下流の足柄平野などで洪水を繰り返し、農民は困窮する。その後に二宮尊徳が登場する背景のようである。

 秦野や伊勢原で天地返しは決して珍しい遺構ではない。だがこれほどの規模での出現は前例がない。高速道でも、ここはサービスエリア予定地だからで、今年度末までに調査面積は1万4千平方メートルに上る。どこまで遺跡が広がっているのかの探査中だといい、調査はさらに続くことになりそうだ。江戸期の畑が発掘されることはあまりないが「宝永噴火をぬきにこの地域の歴史は語れない」と対象に加えたのだという。

 「過去を知ることは現代を知り、将来を展望することなのです」と天野さんは語る。災害の多い列島で、私たちの祖先はこうして黙々と生を引き継いできたことを知らされる。流した汗や骨のきしみ、ひもじさまでが伝わってくるようだ。

 めったにない条件が重なり出現した遺跡だ。保存できないのだろうか。苦難に挑んだ先人の息吹を伝える比類のない遺跡。それに応える今を生きる人間の知恵と想像力が問われている。

(渡辺延志)

PR情報

ここから広告です

PR注目情報

横浜総局から

身近なニュース、教えてください。
身の回りの出来事、ニュースや記事へのご感想などをお寄せください。
【E-mail:kanagawa@asahi.com】
★ツイッターでの情報発信も始めました。
https://twitter.com/asahi_yokohama

朝日新聞 横浜総局 公式ツイッター

注目コンテンツ

  • 写真

    【&w】カカドゥの不思議な野鳥たち

    ノーザンテリトリー〈PR〉

  • 写真

    【&TRAVEL】遊び心満載の豪華客船

    船上でサーフィン?〈PR〉

  • 写真

    【&M】廃虚の朽ち果てていく美しさ

    「変わる廃墟展 2019」

  • 写真

    【&w】劇場鑑賞券を3組6名様に

    「&w」読者プレゼント

  • 写真

    好書好日旅するように異国料理を作る

    宮崎あおいさん初の料理本

  • 写真

    WEBRONZAカーシェア急拡大

    今日の編集長おすすめ記事

  • 写真

    アエラスタイルマガジンこれぞ手軽な手土産の大本命

    手土産に縁起のよい「虎家喜」

  • 写真

    T JAPAN未来を変えるコスメ 第2回

    全米で話題の「CBDオイル」

  • 写真

    GLOBE+注目は年齢差だけではない

    マクロン大統領夫人の実像

  • 写真

    sippo絶滅の危機に瀕するトラ

    生態は猫とほぼ同じ

  • 働き方・就活

  • 転職情報 朝日求人ウェブ