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企画特集 3【神奈川の記憶】

(116)幻の画家・笠木治郎吉〈下〉

■国内市場なく外国人の手に

 ◆「お土産絵」に分類 評価妨げる

 明治から大正にかけて横浜で活動した画家笠木治郎吉(1862〜1921)の作品は30点余が日本国内で確認されている。ほとんどが海外で見つかり里帰りしたもののようだ。

 京都市で画廊を経営する星野桂三さんは、20年ほど前に、京都の美術市場で初めて治郎吉の作品を目にした。英国から里帰りしたが作者を特定できないまま放置され、処分のために市場に出されたと聞いた。

 「これが水彩画なのかと驚きました。光沢があり油彩のような雰囲気。ほかの作家にはない作風でした」と振り返る。

 星野さんは十数点を所蔵している。「治郎吉は本格的な一流の水彩画家。通り一遍ではない深さがある。浮世絵と同じで、外国へ行って評価されたのです」

     ◇

 治郎吉の作品は横浜のサムライ商会を通して販売された。外国人向けに美術骨董(こっとう)やお土産を扱う「キュリオ・ショップ」の代表的存在だった。

 そのために〈お土産絵〉と分類され、評価を妨げた側面があるようだ。

 「お客は英米などの外国人でした。美意識が高いから買ったのであり、単なるお土産という意識はなかったはずです」と星野さん。

 横浜の美術史に詳しい元横浜美術館学芸員の猿渡紀代子さんは「油絵の五姓田(ごせだ)義松も写真の下岡蓮杖(れんじょう)も、横浜浮世絵にしてもそうですが、横浜の美術は外国人向けのお土産の性格を持っていました。単なるお土産ではないのですが、アカデミックな作品とは別世界のものと見なされがちなのです」と指摘する。

 治郎吉の作品が日本に残っていない理由が見えてきた。「この当時、日本には美術品のマーケットがまだありません。治郎吉の作品を買ってくれる人が日本にはいなかったのです」と星野さんは説明する。

 「大きな美術団体に出品することもなく、日本に作品もないのですから評価のしようがない。必然的に埋もれてしまった」と猿渡さんは考える。「関東大震災でサムライ商会の資料が失われた影響も大きい。販売した作品のリストとか、価格表でも残っていればと思えてなりません」とも。

 独特の作風にも背景があるようだ。「写真に彩色した絵はがきが外国人に人気だったのですが、それを水彩画で表現したようにも見えます」と星野さん。

 日本の近代文化史を専門とする京都大学の高木博志教授は描いた人々に治郎吉が注いだ視線に注目する。

 「小説、ルポルタージュや美術などで〈社会〉への関心が高まるのは日本では20世紀になってからのことです。それに先立ち治郎吉の作品には市井の人々へのまなざしがあるのです」

 フランスでミレーが「落ち穂拾い」を描いたのは1857年。農村の風景や働く農民の姿など日常の光景に画家の視線が注がれ、ミレーの住んだ村の名前からバルビゾン派と呼ばれる潮流となる。

 「市井の人々の生活や風俗を画題として社会に向き合った欧州絵画への知識や憧憬(しょうけい)がなければ、おそらく治郎吉の画業は成り立たなかっただろう」と高木さんは考える。

 治郎吉は時代に先がけ独自の世界を開いていたともいえそうだ。

     ◇

 「J・Kasagi」のサインと笠木治郎吉が結びついて15年。作品が徐々に確認された。治郎吉の人生は、息子の妻の笠木和子さんと、その長男英文さんが追い続けて、見えてきた。若くして妻と子供を亡くし、40代で再婚しても次々と子供を亡くしていたことがわかった。

 「悲痛な人生だったはずです」と英文さん。

 それなのに治郎吉は愛情あふれる家族の姿を描き続けた。「亡くなった子供たちを自分の絵筆でよみがえらせ、絵の中で家族一緒に幸せな暮らしをさせてやろうとしたのでは」と英文さんには思えるという。

 作品には若い女性が多く描かれているが、「義母の面影が漂う」と和子さんは見る。夫の母に当たるヨシは、結婚する前に横浜で治郎吉に絵を習っていた。その当時、作品のモデルをしたと聞いたこともある。家族への愛情が治郎吉の作品の根源にはあるようだ。

 「こんな画家がいた、とようやく語れる段階になりました」と猿渡さん。「黒田清輝から日本の近代美術史が始まるといった意識は依然としてあるのですが、治郎吉はそうした枠に収まりません」とも。

 〈お土産絵〉に代えて、〈ツーリスト・アート〉という新概念を猿渡さんは提唱する。対象は治郎吉だけではないという。

 「美術史上に位置づけられることなく埋もれた作家はほかにもいるのです。海外へと門戸を開いた横浜にはユニークな独自の歴史があるのです」

 知ったつもりになっていた歴史の正体を、また考えさせられた。

 (渡辺延志)

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