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週刊まちぶら【本文】

魚の棚商店街 高知市

写真:「おすすめはどれ」「これが一番です」。人情あふれる魚の棚商店街では、こんな会話がどの店でも聞かれる=高知市はりまや町1丁目で 拡大「おすすめはどれ」「これが一番です」。人情あふれる魚の棚商店街では、こんな会話がどの店でも聞かれる=高知市はりまや町1丁目で

 1歩、2歩、3歩……。数えてみたら85歩で終わった。

 南北に約80メートル、道幅3メートルほどの「魚の棚商店街」は、高知市中心部のはりまや町1丁目にある。はりまや橋商店街を東に歩き、アーケードが終わる手前を北へ。こぢんまりとした空間に魚や野菜、乾物、衣料品など21店が軒を連ねる。
 カツオやサバの切り身に目を奪われ、ウナギのかば焼きや揚げたてコロッケの香りに食欲をそそられる。思わず人気の「鰹(かつお)コロッケ」に手が伸びた。

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 「魚の棚」は江戸時代初期の寛文年間(1661〜73)に、土佐藩3代藩主の山内忠豊によって開設された。名前通り魚を扱う店が多く、藩政時代の台所を預かる町としてにぎわう。

 開設時に西側の店の屋根から東側の店に日覆(ひよ)けを架け渡すことを許されたのは、藩内でここだけとされる。太平洋戦争後には市の再開発の対象となり取り壊しが計画されたが、町内会あげて「町を残して」と嘆願した。その結果、三百数十年たった今もなお、道幅、日覆けとも昔の名残をとどめている。

 魚の棚の開設当初から続き、商店街で最も歴史がある澤本鮮魚店。4代目店主の澤本一水(かつみ)さん(71)は通りを眺め、寂しそうにポツリとつぶやいた。「この通りも変わってしまった」。所々に空き店舗があり、ほぼ終日、人通りはまばらだ。

 30年前頃までは、多くの客でにぎわったという。福島食料品店の店主、福島幸久さん(57)は「客が一番多いときは18人。一斉に店頭にやってきて野菜を買い求めていた」。魚の棚で生まれ育ち、彫金教室を開く岡本玲さん(59)は「私が小学生の時なんか、人が多くてまっすぐ歩くこともできなかったよ」と懐かしむ。

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 通りの衰退を黙って見守るだけの商店主たちではない。岡本海産物店のおかみ、西村和子さん(60)は、85年10月にB4判の新聞「魚の棚ニュース」を発行した。図書館へ何度も通って魚の棚の歴史などを調べたり、商店街の話題を取材したりした。2カ月に1度発行し、第90号まで続いている。「取り上げる話題も少なくなってきて大変ですが、『いつも楽しみにしちゅうよ』とのお客さんの声に励まされ、頑張っています」

 今の季節、各店舗の軒先にはこいのぼりが泳ぎ、通りの一角には折り紙のかぶとが飾られている。四季の行事に合わせた商店街全体の飾り付けだ。7月の七夕飾りでは短冊千枚が飾られ、各店には特設テーブルがお目見えし、客に食事が振る舞われる。商店主たちはあの手この手で集客を図っている。

 大阪から来た4人の観光客が、福島食料品店の店頭で野菜を指して「これ何?」と尋ねていた。「イタドリです」と福島さん。「どうやって食べるん?」と女性。「塩漬けにして食べるとおいしいですよ」。スーパーやコンビニではなかなか見られない店主と客との掛け合いが、この通りでは自然に交わされている。

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 もしかしたら日本一短い商店街かもしれない。この狭い空間には、江戸時代から引き継がれてきた人情、愛情など、いろんな「情」が満ちあふれている。下町の風情が色濃く残り、興味の尽きないまちだ。

(文・写真 橋本新之介)

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