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06月27日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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京おんな流

1:川面美術研究所 荒木さん・中西さん

写真:石清水八幡宮の欄間彫刻に色をつける荒木かおりさん 拡大石清水八幡宮の欄間彫刻に色をつける荒木かおりさん

写真:荒海障子の模写に取り組む中西友紀さん 拡大荒海障子の模写に取り組む中西友紀さん

 ▽修復職人 宝を次代へ

 机の上に瑞鳥(ずいちょう)が舞い、花が咲き乱れる。国宝・石清水(いわしみず)八幡宮本殿の周囲を飾る欄間彫刻だ。江戸初期の名工の手による精巧な動植物は色あせていた。だが、荒木かおりさん(58)が絵筆を走らせると、鮮やかな色が戻り命が吹き込まれた。

 荒木さんが所長を務める川面(かわも)美術研究所(右京区)の仕事は、古都を彩ることだ。数々の世界遺産や国宝・重要文化財の彩色復原(ふくげん)や修復を手がけてきた。

 荒木さんの父は、建造物彩色の第一人者だった故・川面稜一さん。父が二条城・二の丸御殿にある重文の障壁画1千枚を模写する大プロジェクトに取りかかっていたころ、高校生の荒木さんの夢は日本画家だった。「大先輩のおじさま方が黙々と仕事をする現場が魅力的とは思えなかった」

 大学生の時、イタリアにフレスコ画を学びに行ったことが転機になる。教会に残る時代や風雪をもまとったような古典の「絵肌」に魅了された時、気づいた。「日本の古典を学ぶ絶好の場所があるじゃないか」。二条城の模写に参加し、約20年携わった。「狩野派の一流の絵師たちの絵に毎日触れ、ものを見る目や集中力が培われました」

     ◇

 文化財修理の匠たちの世界は濃厚な男社会が多い。ところが、川面美術は社員17人のうち女性が10人。「美大で日本画を学ぶ人は圧倒的に女性が多いからかもしれません」

 彩色復原で最も重要なのが調査だ。創建時の鮮やかな彩色も、時が経てば色が落ちるし修理で改変されることもある。かすかに残る模様の痕跡や絵の具から、どの段階で描かれた模様や色か突き止める。文化庁や専門家と話し合い、修復の元になる復原図を作る。

 この調査を荒木さんが「安心して任せられる」と話すのが、建造物彩色のリーダー、中西友紀さん(48)だ。1993年に入社後、稜一さんの弟子として様々な現場で腕を磨いてきた。「川面イズムの継承者として貴重な存在」と荒木さんは信頼を寄せる。

     ◇

 10年前、中西さんが初めて大きな現場で主任を務めたのが永観堂の阿弥陀堂の仕事だ。有名な「みかえり阿弥陀像」が安置された重文は、安土桃山時代の1597年に大坂に建てられ、その後に移築された。後世の修理で黒く塗りつぶされた部材から表面の彩色をはがすと、下層からたくさんの模様が浮かびあがった。

 斜光を当て、科学分析を施し、1本の線、一つの痕跡と向き合う。模様や色を読み解いて図面に起こし、5年がかりで極彩色に彩られた極楽浄土の世界をよみがえらせた。「今ほど色があふれていない時代にキラキラした世界を作った、当時の人の思いまでも感じられるようでした。復原はそうした思いも次世代に伝えていくことなんです」

 今、京都御所・清涼殿に立てられる荒海障子(あらうみのしょうじ)の復原模写を進める。「枕草子」にも登場する襖(ふすま)に貼りつける色紙に、金色の鳳凰(ほうおう)を描いていく。「長く伝えられてきた文化財の修理を担当させてもらい、いつも喜びを感じます。今の時代の職人として恥ずかしくない仕事をしたい」

  ◇私はこんな京おんな◇

   柳のようにしなやか、でも折れない

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