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2011年03月31日
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とことんインタビュー

女子サッカー元日本代表 宮本ともみさん

写真:FCくノ一に1月に復帰した、女子サッカー元日本代表の宮本ともみ選手=伊賀市土橋 拡大FCくノ一に1月に復帰した、女子サッカー元日本代表の宮本ともみ選手=伊賀市土橋

◇◆得点力向上 「恩返しを」◆◇

 ――自宅がある伊賀市を本拠地とする「伊賀FCくノ一」に1月、2年ぶりに復帰されました。

 移籍の際、周囲の選手やスタッフに「絶対に帰ってこい」と言ってもらい、2年間修業させていただいたと思っています。

 ――移籍の理由は何だったのですか。

 2008年、なでしこリーグで初めて2部に落ちたのは、サッカー人生で一番悔しい出来事で、なかなか受けとめることが出来なかったんです。選手の団結は強く、出来る限りのことをしたのに結果が出なかった。「神様がやめろって言っているのかな」と引退も考えました。その時、周囲が「2部でやっている姿を見たくない」と移籍を後押ししてくれました。

 ――移籍先(東京電力マリーゼ)での生活について教えて下さい。

 長男と2人で生活しながらのサッカーでした。朝、こども園に預けて午前中は仕事。午後の練習後に迎えに行きました。遠征の際は、試合会場周辺の託児所や神奈川の実家、伊賀市の自宅などで預かってもらったりしました。

 ――結婚や、子育てをしながらのサッカーは大変ではないですか。

 結婚した時、「引退するのか」と言われたこともありましたが、「なんで結婚するからやめるんだ」という感じでした。ただ、出産後はすごく悩みました。妊娠期間とあわせて1年以上もサッカーをしなかったのが初めてでしたから。もう無理と思う一方、やりたいという気持ちが強くなり、とりあえずやってみようという感じで復帰しました。

 自主トレを始めた時は、数分走るだけで息があがる状態でしたが、支えてくれる人のためにも「やらなきゃ」という責任感が強くなり、練習にも集中するようになったと思います。

 ――日本サッカー協会が、代表の国内合宿でベビーシッターを雇い、海外遠征に同行した母親(59)の渡航費や滞在費の支援をしたのは、宮本選手が初めてだそうです。

 「子どもを置いて合宿や遠征には行きたくない」と主張して前例をつくり、選択肢を増やせたことは良かったと思っています。「ママさん選手」を増やそうとかは、全く思っていませんが、サッカーにとどまらず、いろんなスポーツを続けたい人がいれば、アドバイスなどで力になりたいと思います。

 ――FCくノ一は09年、2部で2位になり昇格しました。今季の目標は。

 得点にはこだわります。昨年はリーグ戦などの公式戦で7得点し、これまでで一番点が多くとれたシーズンでした。各ポジションの選手のゴールへの意識が高く刺激を受けました。長男がサッカーに興味を持ち、得点を喜んでくれるようになったことも、モチベーションを高めました。得点した次の日に、「ご褒美」として花飾りをつくってくれたこともあります。

 チームの目標はリーグ戦で5位以上。技術の高い選手も増え、全体のレベルもあがっているので必ず達成し、チームの関係者やファンに恩返しをしたいと思います。(聞き手・吉田海将)

◎宮本ともみさんの略歴 1978年、神奈川県生まれ。168センチの長身を生かした守備や、精度の高いパスが特徴の元日本代表ボランチ(MF)。97年、FCくノ一の前身、プリマハムFCくノ一に入団し、日本代表入り。2002年に結婚し、05年に長男耀大(ようた)君(5)を出産。06年、初の「ママさん代表選手」として復帰した。代表で77試合に出場、13得点。ニックネームは「みっち」。

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