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私と高校野球@みえ

亡き「ママ友」の分まで応援 三宅紳子さん

写真:三重高校の応援を続ける三宅紳子さん=2018年7月5日、三重県松阪市 拡大三重高校の応援を続ける三宅紳子さん=2018年7月5日、三重県松阪市

◇◆甲子園出場契機 三重高ファン◆◇

 「野球の応援は心の支えであり、生きがいとなっています」。こんな投稿を寄せたのは、三重県松阪市の看護師、三宅紳子(のぶこ)さん(60)だ。地元三重高校の試合にはほぼ必ず足を運び、声をからしている。

 三宅さんは次男の佑さん(28)が三重高で応援部に入ったのをきっかけに、高校野球にのめりこんだ。

 暑い中でもスタンドで学ランを着て、汗だくになって声をからす息子たちを応援するうち、グラウンドの野球部員たちの一生懸命さにも引き込まれた。

 佑さんが2年生だった2006年、三重高は11年ぶりに夏の甲子園出場を決めた。スタンドで応援した三宅さんは「隣の人と肩を組んで抱き合って、みんなで泣きました」。この時から応援に火が付いた。

 甲子園も初めて訪れ、年齢や男女の差を超えて応援するアルプススタンドの雰囲気に圧倒された。「この舞台で戦える選手は幸せ。選手たちにとっては苦労の証しで、一生の宝物になると思いました」

 佑さんはその後、団長を務めた。後輩に指導し、筋トレで鍛え、声をからさないよう風邪予防に気遣う姿に、三宅さんは成長を感じた。翌07年、三重高は三重大会で敗れたが、周囲が泣きじゃくる中、堂々と試合後のエール交換をした息子に言葉をかけた。「よく頑張った。やりきったね」

 佑さんの卒業後も、三宅さんは三重高のファンとして「ママ友」たちと応援に駆けつけた。「野球部の一生懸命な姿が、焼き付いて離れなかった」

 13年は忘れられない夏となった。ママ友の一人、河合美砂子さんが三重大会中に61歳で病死。三宅さんは悲しみを背負いながら、河合さんの写真をうちわに貼って応援を続け、三重高は優勝を果たした。「美砂ちゃん、勝ったよ」と思い、空を見上げた。

 河合さんから以前もらったピンク色のタオルを身につけて応援するのが、三宅さんのトレードマークとなった。翌14年夏、三重高は甲子園で決勝まで進み、大阪桐蔭に惜敗した。「美砂ちゃんが、空から力を貸してくれた」。スタンドにいた三宅さんは涙が止まらなかった。

 三重高が出た国体などにも足を運び、選手や指導者らとも親しくなった。100回大会もスタンドで応援。選抜4強の三重高は初戦で敗れたが、「選手の夏への意気込みはすごかった。選抜に連れていってくれてありがとうと言いたい」。

 保冷剤や冷却スプレーを片手に、真夏のスタンドに通い続ける。「野球を通じて広がった絆は宝物。美砂ちゃんの分まで、命ある限り応援し続けたい」(広部憲太郎)

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