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私と高校野球@みえ

海星高の情報をネットで発信 篠田匡弘さん

写真:海星OBの篠田匡弘さん=2018年7月10日、津市 拡大海星OBの篠田匡弘さん=2018年7月10日、津市

◇◆海星高の甲子園球児で「野球博士」◆◇

 海星高の甲子園球児で、中部電力津営業所の篠田匡弘さん(45)は14年前から、母校の野球部を応援するサイトを個人で運営している。海星は1999年春を最後に甲子園から遠ざかるが、「後輩がまた甲子園の土を踏む日まで続けたい」とメールを寄せた。

 津市の中学時代は無名の軟式野球部員。甲子園を目指し、88年、強豪だった海星の門をたたいた。

 練習についていくのも精いっぱいだったが、他人より優れた点が一つあった。「自分は野球オタクだった」。一塁コーチャーを務め、専門誌など野球に関する書籍を読みあさった。チーム内で行ったルールに関するテストで高得点を取り、当時の朝日新聞に「野球博士」と紹介された。

 公式戦の出場経験は乏しかった。それでも、3年の夏だった90年の第72回大会で背番号をもらった。三重大会の開会式で優勝カップを返還し、優勝した後の閉会式で再び受け取った。

 「下手でも一生懸命やっている選手の代表として、メンバーに入れてくれたと思う。監督が控えの自分に優勝カップの役目を任せてくれて、感激しました」

 甲子園の入場行進。グラウンドから、すり鉢状のスタンドが輝いて見えた。「28年後の今も鮮明に残っています」

 卒業後に中部電力に入社。野球部を手伝いたい気持ちもあったが、転勤もあり、機会が作りにくかった。家にいながらでも応援できる方法を考えた。

 「自分も現役時代、新聞に記事が載って励みになった。ネットの応援サイトを見れば、選手も頑張れるのではないかと思った」。2004年、個人でサイトを立ち上げた。パソコンなどは自費で負担した。

 当初は練習試合に通い、情報を更新し続けた。プレー中の写真にはこだわった。一塁か三塁ベース近くのスタンドで一眼レフを構え、見栄えの良いフォロースルーを狙い続けた。サイトを通じ、選手への応援メッセージをもらった時は励みになった。他校の関係者から「うちも海星みたいなサイトを作ってくれたら」と言われ、うれしかった。

 仕事が忙しくなったことなどもあり、発信頻度は落ちたが、公式戦の試合リポートや激励会の様子などを中心に更新し続けている。昨年、海星OB会が再発足し、サポート体制を整えた。篠田さんも連携しながら再び発信回数を増やし、選手紹介などもしていきたいと考えている。

 「応援しやすい環境を作り、一人でも多くのファンに足を運んでもらえるようにしたい。後輩にも甲子園の景色を見てほしい」。先輩の切なる願いだ。(広部憲太郎)

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