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東日本大震災

働きためた1億3500万円寄付

写真:忠内政惠さん。遺品の中にあった写真で、1987年に栃木・鬼怒川温泉を訪ねたときのもの。当時62歳=糸柳弘さん提供 拡大忠内政惠さん。遺品の中にあった写真で、1987年に栃木・鬼怒川温泉を訪ねたときのもの。当時62歳=糸柳弘さん提供

 去年の暮れ、愛知県豊橋市の老人ホームで一人の女性が亡くなった。忠内政惠さん、91歳、働き通してためた全財産1億3800万円。そのほとんどを、東日本大震災の被災地の子どものために使ってほしいと、寄付先を決めた遺言を残していた。この秋から、震災で親を亡くした大学生の奨学金に充てられている。

 忠内さんは大正14年に大阪市で生まれ、幼いころ愛知県に転居。国立病院の事務職員として定年まで働いた。生涯独身だった。

 10年ほど前に病に倒れ、介護つきの老人ホームに入居。唯一の身内で、世話をしてきためいの糸柳槇惠さん(77)、弘さん(81)夫婦=豊橋市=が高齢になったこともあり、名古屋市に本部があるNPO法人「きずなの会」が2015年5月から、生活支援や保証人を引き受けていた。

 「私が死んでもお金を残す人はいない。誰かのために役立てたい」。同会の金田(かなだ)陽子さん(56)は、忠内さんから相談された。

 こんな話もしたという。「津波で何もなくなった街の映像を見て、戦争で焼けた名古屋の街を思い出したの。終戦後のことを思うと、親を亡くした子の気持ちはよくわかる」

 金田さんは指示に従い、ネットで「震災」「孤児」といった語を検索して調べ、いくつかの団体の資料を渡した。忠内さんは「ここは不安定で心配」「ここはお金の使い方がダメ」と何度も注文をつけ、自分で選んでいった。

 その年の7月、公証人立ち会いの下、遺言証書を作成した。親族の糸柳さんには10万円。盲導犬や災害救援にかかわる2団体に各50万円を贈り、残りは全額、震災遺児支援にあたるNPO法人「東日本大震災こども未来基金」(仙台市)に寄付する、という内容だった。

 そして1年5カ月後の去年12月20日、忠内さんは息を引き取った。献体の登録もしていたという。

 どんな人だったのだろう――。故人を知る人によれば、気の強い女性だった。職業を持って自立し、簿記の資格を取るなど向上心が強かった。老人ホームの自室には、昔着たスーツを何着も大事に持っていた。歯にきぬ着せぬ物言いで、わがままで、周囲はしばしば手を焼いた。

 糸柳弘さんは「自分が正しいと思ったことを最後まで貫いたのでしょう。あの人らしい」と話す。「奨学金を受ける人は、将来人の役に立つ気持ちで学問に励んでほしい。そうすれば遺志が生きる」と付け加えた。

 ■奨学金支給や団体助成

 「東日本大震災こども未来基金」に弁護士を通じて遺言の通知が届いたのは、今年3月。高成田享理事長(69)は、思いがけない金額に驚いたという。

 同基金は、仙台大教授で元朝日新聞記者の高成田さんが「親を亡くした子に学資支援を」と、2011年4月に立ち上げた。被災3県の遺児約200人に高校卒業まで月2万円を支給する。昨年度までに寄付金約3億3千万円を集めた。

 基金では、子どもの募集や寄付受け入れは終えていたため、寄付された1億3500万円で新たに「忠内政惠基金」を設け、これまで支援してきた子らが大学や専門学校に進んだ際、月3万円を支給することにした。このほか被災地の子どもの支援活動をしている団体を公募し、1件50万円程度の助成も行う予定だ。

 東京学芸大4年の小山知里(おやまちさと)さん(22)は、10月から奨学金を受け始めた一人。石巻市職員だった父親が、津波で流され行方不明のままだ。「父親と同じ公務員をめざしているが、忠内さんのことを聞き、あらためてこの道しかないと思いました。勉強に身が引き締まる思いです」と話した。(編集委員・石橋英昭)

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