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ナガサキノート・26【原野宣弘さん】

父を捜す母におぶわれ

写真:喜一さん 拡大喜一さん

《原野宣弘さん 1944年生(2)》

 原野宣弘さんは1944年9月に生まれた。父喜一さんと母センさん、4人の姉兄がおり、長崎市水の浦町で暮らしていた。爆心地から2・5キロの場所だった。

 原爆が落とされた45年8月9日は、原野さんはまだ生後10カ月の赤ちゃんだった。原野さんが語ってくれたのは、後にセンさんや姉から聞いた話だ。

 喜一さんは自宅近くの同市飽の浦町の三菱造船所で働いており、8月9日も仕事に出ていた。だが、翌10日になっても帰ってこなかった。センさんは10日に喜一さんの同僚と会い、喜一さんが9日に工場から機械を疎開させるため、西浦上にある別の工場に向かったと聞いた。

 11日からセンさんは喜一さんを捜すため、西浦上と飽の浦の間を何度も往復した。背中には原野さんをおぶっていた。手ぬぐいをかぶせられたくらいで、ほぼ裸だったという。センさんは1週間ほど、遺体を確認しながら、喜一さんを捜して回った。

 通算2737回目。今シリーズは8回の予定

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