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惜別 沖縄の歌謡漫談家 照屋林助さん

知性が支えた「林助芸」

 てるや・りんすけ 3月10日死去(糖尿病による合併症)75歳 3月12日葬儀

 「林助さんの芸を何と言えばいいんだろう」。40年来の友人で、元琉球放送ラジオ局長の上原直彦さんは自問する。答えは「『林助芸』としか言いようがない」。それほど独特な存在だった。

 原点は「命の御祝じ(ヌチヌグスージ)」。戦後、大衆芸能の先達・小那覇舞天(おなはぶーてん)さんについて沖縄の村々を回り、芸で人々を元気づけた。

 新しいものが好きだった。ジャズやタンゴなどの洋楽を、古典音楽家の父から学んだ三線(さんしん)とチャンプルーし(交ぜ合わせ)、軽妙な歌と語りで観客を笑わせた。56年に旗揚げした「ワタブーショー」が人気を呼んでラジオ番組に。身長約180センチ、体重100キロを軽く超すワタブー(腹の出た太っちょ)は大スター「てるりん」になった。

 芸能活動のかたわら録音機を担いで離島を訪ね、民謡や童謡を採集。大学の聴講生として民俗学や国文学も学んだ。読書家で蔵書は約1万冊。豊富な知識に裏打ちされた漫談は、長男で「りんけんバンド」リーダーの林賢さんから見ても「意味がないようで実は深い。知的な風刺という点でチャプリンに似ている」。

 90年には、自宅のある沖縄市(旧コザ市)で「コザ独立国」を宣言、大統領に就任した。国是は、文化や人の豊かな混交、交流を尊ぶ「チャンプラリズム」。大臣や大使に任命された友人らが集まる「閣議」では陽気に飲んで歌った。著書で「『独立ごっこ』をしながら……日本国へ向かって『汝(なんじ)はいつになったら独立できるのだ!』と問いかけるのです」と語ったように、社会批評も遊びとチャンプルーしてみせた。

 5年ほど前から糖尿病が悪化。足指の壊死(えし)に苦しみながらも、車いすで講演に出かけた。03年春に長期入院。「退院したら『園遊会』を開く」と話していたが、実現しなかった。独立国の大臣や大使らが遺志を継いで、5月に「国葬」をにぎやかに執り行う。

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