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2020 東京五輪

東京)HOPE/フェンシング・敷根選手

写真: 拡大

 ◆長身生かした独特の剣

 ◇フェンシング 敷根 崇裕(18)

 昨年11月、都内で開かれた高円宮杯ワールドカップ(W杯)の男子フルーレ団体で日本代表デビューを果たした。2012年ロンドン五輪で日本が銀メダルを獲得した種目。リオデジャネイロ五輪の出場権をかけた国別でのポイント争いに、東亜学園高の3年生で加わった。

 大分市生まれ。1歳上の兄とともに、6歳から剣を振るった。父裕一さん(50)は世界選手権の元代表で、高校の指導者として日本一も経験。自宅のリビングで父から技を伝授されるのが日課だった。

 父が実業団で指導を始めたのに伴い、中学1年の時に一家で上京。現在は日本代表コーチを務める裕一さんは「息子たちがフェンシングで成長するためにも九州を出る必要があった」。日の丸をつけた親子レッスンは続いている。

 182センチの長身。剣の構えは独特だ。右腕を引き気味にして相手の攻撃を待つ。「わざと突かせて、よけてかわして、アタック」。東亜学園高では1年から主力となり、全国総体の団体2連覇、3連覇に貢献。常勝を誇り、勝つことが当たり前と感じていた。

 しかし、高校最後の年はタイトルを逃した。周囲の視線を意識し過ぎて、目の前の相手に対する集中力を欠いていた。負けたらどうしよう、と。そんな時、日本代表に呼ばれた。海外勢に立ち向かううち、雑念は消えていた。

 先月、ドイツ・ボンで開かれたW杯。男子フルーレ団体で自力での五輪切符獲得の可能性がなかった日本は、この大会で連続出場を逃した。

 ただ、日本代表での4カ月間で手応えは感じた。五輪銀メダリストの太田雄貴選手には「俺にはできないことが崇裕にはできる」と言われた。長身を生かし、思い切り前に出ればいい。「五輪で日本人は優勝したことがない。東京では自分が勝つ」。4年後を見据えた新たな戦いに挑む。

 (辻健治)

   *

 フェンシングは五輪で1896年の第1回アテネ大会から実施されている。日本には1932年に競技スポーツとして伝わり、60年ローマ大会に日本は初の選手団を派遣。2008年北京大会の男子フルーレ個人で太田雄貴が銀メダルを獲得し、日本勢初のメダリストとなった。

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