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東京)原宿…若者と大人が交わる街(2)

写真:カラフルな「6%DOKIDOKI」の店内とショップガール=渋谷区 拡大カラフルな「6%DOKIDOKI」の店内とショップガール=渋谷区

写真:増田セバスチャンさん 拡大増田セバスチャンさん

写真:カラフルな服に身を包んだ18歳と20歳の女性=渋谷区、坂本進撮影 拡大カラフルな服に身を包んだ18歳と20歳の女性=渋谷区、坂本進撮影

 ◇Kawaii創造 私だけの宇宙 大人に抑圧される若者の居場所

 大きなリボン、顔にはシール。ふわふわ広がるスカートに、柄もののカラータイツ。ぬいぐるみのポーチ――。カラフルな装いの少女たちが、街を行き交う。

 表参道から一歩入った路地。小さなビルの2階に、原宿発「Kawaii」の聖地のショップ、「6%DOKIDOKI」はある。

 内装も店員もカラフルそのものだ。20代のショップガール、ユカさんは「私も15歳ぐらいから通っていました。リボンを一つ買って帰るだけで、地球上に日常とは違う自分だけの世界がある感じがして元気になれた」と言う。

 オーナーは、アートディレクターの増田セバスチャンさん(45)。原宿で暮らして約20年。この店の常連だった歌手、きゃりーぱみゅぱみゅさんのミュージックビデオなどの美術も手がける、原宿発Kawaii文化の第一人者だ。

 1980年代、半ば崩壊していた家庭から逃れ、地元の千葉県松戸市から原宿のホコ天(歩行者天国)に通った。中学時代のあこがれは「竹の子族」。高校生になるとバンドブームで踊った。「地元では浮いた存在。でも、原宿に来ると同じような人がいて、街自体がネットのコミュニティーのような機能があった」

 進学するつもりで大阪に行ったが、引きこもり生活に。原宿に戻り、95年に「6%DOKIDOKI」をオープンした。ホコ天は騒音やごみ問題などで、98年に終了。奇抜な装いの店は、自由を求めて原宿にやって来る少女たちの「居場所」になった。

 「こんなのどう?」と客に聞き、「こういうものが欲しい」と言われて商品を作った。客と一緒に創造した「Kawaii」。やがて日本のポップカルチャーを象徴する言葉となり、今や世界の若者に支持される共通語になった。

 「『Kawaii』は、誰も踏みこめない自分だけの小宇宙を意味します。決まった形があるわけじゃないし、動物や人形のような『可愛い』でもない。ヒッピーやパンクのように、大人に抑圧される若い世代の表現なんです」

 ◆抑圧される世代 自由求め表現

 コンピューターに人間が操られる未来のイメージの白と黒にも、戦争に近づくイメージの迷彩色にも反発を感じる。だから、ピースフルな未来の「カラフル」。レディー・ガガさんやケイティ・ペリーさんら海外の著名人にも愛用され、その人気は世界に広がる。

 街はいま「カワイイ」に沸く。竹下通りでは、2013年秋に三菱商事グループが商業施設「CUTE CUBE HARAJUKU」を、昨春には三越伊勢丹グループが「原宿アルタ」を開いた。明治通り沿いには14年、増田さんの作品「世界時計」を目印にした、カラフルな原宿観光案内所「もしもしボックス」がオープンした。

 昨年夏に開店した「KAWAII MONSTER CAFE HARAJUKU」も増田さんのプロデュースだ。ぐるぐる回るケーキ型のメリーゴーラウンド、毒々しいキノコ、ユニコーンの頭や大量の哺乳瓶……。カラフルで奇抜な装飾の店内と、7色のパスタや、パフェなどのフードメニューに連日行列ができる。

 原宿発の少女ファッションの元祖で、1970年オープンのMILK本店は明治通り沿いにある。竹の子族のきらびやかな衣装を発信した「ブティック竹の子」は、竹下通りに健在。国内外の流行や文化をのみ込み、オリジナルの文化を生み出してきた原宿。

 「革命」の文字がきらきら光るバッジをつけた少女がいた。6%DOKIDOKIの人気商品「革命バッジ」だ。店長のユイさんは「自分を鼓舞するため、身につけて入試や面接に向かう子もいます」。

 いつも心に革命を――。バッジには、そんなメッセージが込められている。

 (宮坂麻子)

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