メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

01月29日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

新着記事一覧へ

このエントリーをはてなブックマークに追加

元気力

お客様へ全身全霊 恩返し

写真:山本竜さん 拡大山本竜さん

写真: 拡大

 ある偉大な指揮者が体調不良で突然降板し、その日のコンサートを秘蔵っ子に託した。観客は、ブーイングを浴びせ、会場から出て返金を求める者と、代演を温かく好奇心を持って迎え入れ、会場に残った者に分かれた。一方、秘蔵っ子の心境はどうか。観客が去っていくのを背中で感じながらも、たった一人でも残っているなら、と全身全霊をかけてタクトを振ったに違いない。

 このレベルには到底及ばないが、私も似た経験をしたことがある。

 10年以上前のこと。ある週、訳があり、先代の職人に代わって私がお作りしますがよろしいですか、とお断りを入れると、ほとんどの場合「あなたが作るならキャンセルで」と言われた。直接言われると、なかなか堪(こた)えた。銀行に走り、預かり金の返金処理を繰り返すと、今後どうなるのだろうと生きた心地がしなかった。

 しかし、途方に暮れている場合ではなかった。全てがキャンセルではない。チャンスを与えてくださった方々がいらっしゃる。そんな方々のために、もっといいものを作らなくては。感謝の気持ちをエネルギーに変え、がむしゃらに仕事をした。365日ほぼ休まず、日に14時間以上工房にこもった。昨日より今日、今日より明日。気づきと進化を求めて。努力はいつか必ず報われる。明日の自分を信じて。

 ある日、「あなたに注文したい」と神奈川からわざわざお越しくださったお客様があった。名指しで注文をいただくのは初めてだった。ある程度のご要望を伺うと、「あとは自由な発想でお作りになってみてください」と、短時間でお帰りになられた。

 全身全霊をかけて作った。

 「万年筆を200本持っているけど、あなたに作ってもらったのが一番書きやすいよ。他のペンはもうただのお飾りだね。素晴らしい」

 オーバーな表現だとはわかっているが、うれしくて涙が止まらなかった。

 その後、年に2回上京する度に食事をご一緒させていただき、次の注文をくださり、今ではもう数えきれないほどのお客様を次々に紹介くださった。

 3年ほど前から海外に転勤され、しばらくお会いできていないが、帰国したら鳥取にゆっくり遊びに行きたいとおっしゃる。うれしく待ち遠しい。

 私にとって、お客様とは私の人生の応援者であり、私のなすべきことは、「仕事」というものを超えた、全身全霊をかけた恩返しなのだと思うようになった。忘れてはならない、いや、忘れようのないことだ。

◇◇

 やまもと・りょう 1974年生まれ。2008年から鳥取市にある有限会社万年筆博士の代表取締役。顧客の書き癖に合わせたカスタムメイド万年筆を製作している。納品まで約1年かかるが、世界中から愛好家の注文が集まる。

PR情報

ここから広告です

PR注目情報

朝日新聞 鳥取総局 公式ツイッター

注目コンテンツ

  • 写真

    【&w】カカドゥの不思議な野鳥たち

    ノーザンテリトリー〈PR〉

  • 写真

    【&TRAVEL】遊び心満載の豪華客船

    船上でサーフィン?〈PR〉

  • 写真

    【&M】TEPPEI×ハマ・オカモト

    自分に合った服装とは?

  • 写真

    【&w】劇場鑑賞券を3組6名様に

    「&w」読者プレゼント

  • 写真

    好書好日旅するように異国料理を作る

    宮崎あおいさん初の料理本

  • 写真

    WEBRONZAカーシェア急拡大

    今日の編集長おすすめ記事

  • 写真

    アエラスタイルマガジンこれぞ手軽な手土産の大本命

    手土産に縁起のよい「虎家喜」

  • 写真

    T JAPAN未来を変えるコスメ 第2回

    全米で話題の「CBDオイル」

  • 写真

    GLOBE+注目は年齢差だけではない

    マクロン大統領夫人の実像

  • 写真

    sippo絶滅の危機に瀕するトラ

    生態は猫とほぼ同じ

  • 働き方・就活

  • 転職情報 朝日求人ウェブ