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07月04日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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元気力

師の意地悪 優しさの表れ

写真:万年筆職人 山本竜さん 拡大万年筆職人 山本竜さん

写真: 拡大

 兄弟子から意地悪された過去があるからだろうか。いつも優しかったはずの師(先代の職人)が年々意地悪な人になっていった。

 20年前のこと。職人になるために修業をしようにも、古典的な方法で万年筆を作るために必要な、平バイト(鍛冶(か・じ)屋が打った刃物)、くしがま(ねじ切り用の精密な刃物)、ろくろ(旋盤の原型のようなもの)に予備はない。どれも大正、昭和初期のもの。誰かにお願いして簡単に作れるものでも、修理ができるものでもない。この仕事もこれまでだと言われた。

 しかし、ないものは作ると決意した。師が仕事を終えて帰った後、ろくろを分解、組み立てを何度も繰り返し、図面におこした。自動車部品をアメリカから輸入、流用して試作機を作り、試験を繰り返した。平バイトやくしがまに使われている鋼(はがね)の性質を、数人の鍛冶職人を探し当て研究し、何度も試作を依頼した。7年がかりで大正、昭和初期の道具たちを進化復刻させることができた。

 その7年間の間、試作機や試作の刃物で修業を重ねた。マニュアルなどないが、師が当時まだそばで仕事をしていたので安心に思った。しかし、私が仕事ぶりをじっと見ていると、師はピタッと仕事を止める。私がそばを離れると勢い良く仕事を始める。わからないことを聞いてもよい返事はなかった。

 師が帰宅した後の工房には、美しさすら感じる減った刃物や砥石(と・いし)の形、まるでかつお節のように整った厚さの素材の削りカス。どれも自分のものと違った。

 どうすれば同じようになるか。試作のろくろを回し、素材に刃をあてる。幼いころから聞きつけたろくろの音、削る音、砥ぐ音、リズム。出てくる音さえ、何もかも師とは違った。指先で感じる素材の質感や温度に至るまで、言葉では言い表せられない感覚の世界なのだと気が付いた。息を殺して耳と指先に神経を集中させる仕事が、軸はなで続けたくなるほどの握り心地になり、紙をぬらしながらヌルッと滑るペン先へとつながってゆくのだと。

 師は私に意地悪をすることで、感覚を研ぎ澄ますように導いてくれた。もしマニュアルがあれば短期間である程度の仕事ができるようになったと思うが、次々に来る難題を乗り越え続けるには、まずは感覚を身に着けることが望ましいと考えたのだろう。

 まるで自分を超えろと言わんばかりに。

 やはり師は優しい人だった。

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