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北陸六味【社会学者 上野千鶴子さん】

忘れたい過去を記憶する

写真:イラスト・田中聡美 拡大イラスト・田中聡美

 若手の研究者と共著で『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店、2018年)を出したおかげで、旧満州引き揚げ者が経験した性暴力にもふかい関心を持つようになった。引き揚げ者といえば、敗戦後外地から帰還した日本人は軍人軍属に民間人を加えておよそ650万人。当時の日本の人口が7千万人だからほぼ10人にひとりが外地経験を持っていることになる。1990年代になってグローバリゼーションのもとでの国際人口移動が言われるようになったが、戦前の方が海外移住経験のある日本人は多かったのだ。

 それなのに引き揚げ経験はあまり語られない。ましてやその過程で多くの女性が経験したであろう性暴力については、もっと語られない。引き揚げてきたひとたちにとって、日本は故郷ではなく異郷だった。故郷であっても無一物の彼らを迎える人々の視線は冷たかった。引き揚げの過程での苦難に加えて、内地での差別と貧困が彼らを待っていた。過去の加害と敗戦の痕跡をあらわに目の前に見せる引き揚げ者は、見たくない存在、忘れたい過去だったのだろう。

 機会があって長野県下伊那郡阿智村の満蒙開拓平和記念館を訪問した。オープンは2013年。日本初の、というわりには遅い。長野県は開拓団送出人数が全国でもっとも多かった県。わけても下伊那地方は、計画的な分村を含めて多くの人口を送り出した。送り出したときも、引き揚げのときも、共同体の結束とリーダーシップが影響した。村のリーダーといえば、官員と教員。行政機構の末端権力者と、国民化の装置である学校教育の担い手たちだ。政府が補助金をつけて送出人数を割り当て、それに応えようと奔走したのは彼らだった。

 引き揚げのときに、団体行動をとったばかりに逃げ遅れたり、集団自決を強いられたりした開拓団があった。結束の強いところには強いリーダーがいた。そのリーダーが「一緒に死のう」と言うか「なんとかして生き延びよう」と言うかで、集団の運命は分かたれたのである。

 長野は今も昔も教育県。教育とは一種の洗脳装置だ。タテマエを信じ、国策に協力すれば、教師もまた加害者になる。開拓団送出を推進した当時のリーダーのなかには、敗戦後、自らをふかく責めて自決したひともいる。だが教育はまた、現状を批判する眼も養う。おかしいと感じて、いやがらせに耐えながら国策協力を拒んだひとびともいる。引き揚げの過程でも、最後まで集団と運命を共にしたひともいれば、生き延びる道を求めて離散したひともいる。その過程でひとりひとりの個人が経験した過酷な運命と、それへの対処のしかたの多様性の中に、人間の生き方がまざまざとあらわれる。

 「戦争の世紀」だった20世紀の運命に翻弄されたひとたちが、歴史の舞台から退場しようとしている。戦後70年経って、ようやく重い口を開いたひともいる。このひとたちの経験を、いまのうちに聞いておかなければ、記憶は失われる。過去を記憶するのは、未来のためだ。忘れたい過去ほど、つらい教訓になるだろう。(社会学者)

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