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2012年04月20日
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山伏のフィールドノート

足元よく見て、耳澄ませ

写真: 拡大

写真:山菜を求めて歩く芳賀さん。自然への気遣いが一挙手一投足ににじむ=昨年5月、月山の渓谷 拡大山菜を求めて歩く芳賀さん。自然への気遣いが一挙手一投足ににじむ=昨年5月、月山の渓谷

 「足元をよく見ろ。目に入らないか」「足元?」「イヌドウナ。それも食べられる山菜だ」

 山桜の煙る頃、月山渓谷の斜面はいち早く雪がとけて陽(ひ)が当たり、ゼンマイ、ヤマウド、オオバギボウシなど、たくさんの山菜が次々と顔を出してくる。谷底に残る厚い雪は川にとけだし、生まれたての風が渓谷を吹きあげる。滑り落ちそうな道なき道を、僕たちは山菜を求めて歩いていた。

 「葉の根元が広くなって茎を抱いてるだろう。そこでヨブスマソウと見分けるんだ」

 前方で立ち止まり、そう言葉をかけてくれたのは芳賀竹志さんだ。月山頂上小屋を営む彼に出会い、僕はそれまで若緑一色にしか見えなかった草々にさまざまな陰影を認め、足元におそろしいほど深く、豊かな世界が広がっているのを知ることになる。

 「みんな『雑草』みたいに見えるけれど、一つひとつに生命があって、扱い方次第でどうにでもなる。自然との付き合いはその場限りじゃない。だから必ず気遣いが必要になってくる。それは、あらゆることに言えることだろう」

 翌年もまた生えてくるように、ゼンマイは株立ちの数本を残し、上から20センチぐらいだけを採る。キノコは斜面の下方に向けて倒木したブナが三夏を越すと生えてくる……。山菜、キノコ、薬草。その採集、下処理、調理、保存の仕方。月山の守り人のような芳賀さんの抑制された言葉と行動から、僕は多くを学んできた。何より彼の山の見方や接し方に、この土地に息づく「ほんとうに大切なもの」を肌で感じてきた。

 中学生のとき阪神・淡路大震災が起き、神戸から疎開してきた子と級友になった。「もし僕が彼だったら、何を頼りに生きていけるか」と考えた。間もなく宗教が、金融が崩壊し、日本は荒地になった。問いの答えは「自然」だった。

 大学で哲学を学び、出羽三山で山伏になった。地域おこしに携わりながら、ここに暮らしている。

 「足元をよく見ろ」

 いま、その言葉は別の響きをもって聞こえてくる。僕たちはどこに立ち、足元には何が広がっているのか。山伏は自然との対話を繰り返してきた人びとだ。僕も先人にならい、この土地の声に耳を澄ませ、書き記していきたい。

 ◇毎月1回掲載します。

 * *

 成瀬正憲(なるせ・まさのり) 1980年東京生まれ。中央大大学院卒。全国を旅する中で出羽三山に出会い、2008年、羽黒修験「秋の峰」で山伏となる。羽黒町観光協会職員として09年に鶴岡市羽黒町に移住。

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