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根ほり葉ほり

法律知らせず 武士が裁く

写真: 拡大

 ◆ 致道博物館学芸員 菅原義勝さん(32)

 江戸時代の裁判(裁き)というと、時代劇でもおなじみの大岡越前や遠山の金さんが思い浮かぶ。実際はどのようなものだったのだろうか。鶴岡市の致道博物館で開催中の特別展「歴史の扉〜江戸時代の訴訟」を企画した同館学芸員の菅原義勝さん(32)に聞いた。

 ◆ 江戸時代の裁判 今と何が違う

 ――なぜ、江戸時代の訴訟を特集しようと思ったのですか。

 酒井家文書の中に、訴訟関係のものが多かったというのもありますが、土地の境界線を巡る裁定の記録は、今の秋田との県境につながっています。地域の歴史を振り返る上でも興味を持ってもらえるだろうと。

 ――江戸時代の訴訟・裁判とはどんなものだったのでしょうか。

 現代と同様に、刑事と民事がありました。刑事事件に関しては、奉行所などがあり、容疑者を逮捕し、取り調べをして、刑罰を科していました。民事は、代官所や奉行所などが訴えを受け付け、裁く場所がありました。

 ◆ 武士が正しい

 ――現代とは何が違っていたのでしょうか。

 江戸時代は、「武士のやることには間違いがない」ということが基本。その武士が「民を裁く」という構図だったので、法律も公布されていませんでした。

 ――法律がなかった?

 8代将軍徳川吉宗のころに、刑罰や裁判などの基本をまとめた「公事方御定書」ができましたが、閲覧できるのは幕府の中枢だけ。実際は写本が出回り、諸藩も知っていて流用もしていたのですが、公表されていませんでした。

 「民はよらしむべし、知らしむべからず」で、一般民衆には、どんな罪を犯すとどんな刑罰を受けるか知らされていませんでした。

 ――罪と刑罰の関係が法律に書かれ誰でも分かる、現代の日本のような「罪刑法定主義社会」ではなかった。

 民衆には手の内を見せなかったわけです。それだけに裁く側の裁量が大きく、権威を保ちつつ「恩情をかけてやる」というような演出もできました。

 江戸時代は、戦国の争乱を経て実現した260年余に及ぶ大平の世でした。江戸期における「平和」とは、幕藩体制による統治機構の下、政治を執り行う武士と民衆の、この二つの歯車がかみ合うことでした。

 しかし、自分の権益を守ろうとする限り、大名や家臣、領民と、さまざまな立場で「争い」は起こります。しかも「裁判」では、保身のためにありとあらゆる主張が出てきました。

 今回の展示では一握りの事例しか紹介できていませんが、当時作成された古文書や絵図には生々しい闘争の様子が記されています。3月13日まで開催していますのでじっくりとご覧下さい。(聞き手・鵜沼照都)

 ◎ すがわら・よしかつ 1986年、鶴岡市出身。鶴岡南高から駒沢大へ進学し、駒沢大大学院博士後期課程単位取得退学。2014年から現職。専門は、戦国時代の出羽国の権力構造。

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