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 今年から就職活動の選考開始が4カ月遅くなり、学生や企業に混乱が広がっている。インターンシップは昨夏から始まり、実質的な就活は長期化。さらに、理系の学生は卒業研究の追い込み時期と重なり、体育会系は大会や合宿への参加が難しくなったという。企業にとっても負担増だといい、「何のため、誰のための変更?」と疑問の声も聞こえる。

■「理系教育の破壊行為」

 「長期化した。勉強なんて身が入るわけがない」。就職活動中で都内に住む文系大学4年の男性(21)は、そう話す。インターンシップや業界研究セミナーと称した会社説明会など、就活は事実上、昨夏から始まっているという。

 安倍政権は2013年4月、経済界に今年から就活の時期を遅くするよう求めた。大学3年生を勉強に専念させることや、夏前に帰国して就活を始める留学生に配慮し、留学生を増やすのが狙いだ。経団連は要請通り、会社説明会は大学3年の12月から翌年3月に、面接などの選考会は大学4年の4月から8月にそれぞれ繰り下げるよう、指針をつくって加盟企業に呼びかけた。

 だが、狙いとは裏腹に、学生や大学からは不満が相次ぐ。

 昨年まで、経団連加盟の大手企業の内定は4月に集中し、学生は就活を終えることができた。今年は、実質的な就活の開始時期は変わらないまま、多くの大手企業が内定を出す8月以降に就活がずれこむ。経団連未加盟の外資系やIT系などは要請に応じず例年通り採用を進めたり、加盟企業でも水面下で選考したりする場合もあり、就活生の緊張は途切れることがない。

 国際教養大(秋田)の三栗谷俊明・キャリア開発センター長も「勉強に集中できない期間が1年以上続く。学生にメリットはまったくない」と指摘する。就活が長引けば、都市部での就職希望の学生は交通費などのコストもかさむ。「地方と都会の大学の格差がますます開く。地方創生と正反対の方向に行かせる変更であり、今年でやめてほしい」

 変更で翻弄(ほんろう)されたのが理系の大学院生だ。例年は修士2年の5月ごろから就職活動を終えて卒業研究に集中できた。だが、今年は9月ごろまで始められそうにない。同志社大理工学部の三木光範教授は「研究者として最も伸びる時期のほとんどが就活に費やされる」と話す。

 毎年7~9月の国際学会に院生が参加するが、就活と重なり、今年の申し込みはゼロ。「技術立国と言いながら、理系教育の破壊行為だ」と三木教授。

 就活に詳しいProFuture・HR総研の松岡仁主任研究員は「地方と理系の学生の切り捨てだ」と批判する。日程変更が留学生増につながるのかも疑問だという。「説明会などは帰国前に行われており、帰国後からの就活で間に合うか不安な学生は留学に行かないだろう。心配しない学生はそもそも今回の変更に関係なく行く」と話す。

 体育会の学生も振り回されている。

 5月上旬、都内であった「体育会学生限定」の就職相談会。運動部の学生は適応能力が高いとして企業に人気だが、主催したアスリートプランニング(東京都新宿区)の加藤進執行役員は「今年は不安を感じている学生が多い」と話す。就活が大会や合宿と重なることが多いという。

 神奈川大硬式野球部の4年、高橋竜生さん(21)は「迷ったけど、就活するしかない」。いつもならオフシーズンを就活に使えた。4~5月はリーグ戦だが、今年は就活真っただ中だ。

 東大スケート部アイスホッケー部門は恒例だった北海道・釧路での8月合宿を東京近郊に変える予定だ。スケートリンクの使用料は北海道のほうが安いが、就活する学生に遠方は不便だ。9月には関東大学リーグ戦が始まる。4年の段林修平さん(22)は「照準を合わせている重要な大会。就活で4年が抜ければ影響は大きい」と心配する。

 早稲田大の水泳部水球部門で活動し、今春卒業した川村真愛子さん(22)は「水球の大会自体が危うくなる」と心配する。選考が佳境を迎えそうな秋は、日本学生選手権などの主要な大会が目白押し。「水球は4年が主力のチームが多く、欠場が相次げば大会の質が落ちる」

 今年の採用日程は、6月ごろに多い教育実習や、8月5日に省庁訪問解禁の国家公務員試験とも重なる。

■「1年中採用活動」

 「『誰が得しているのか』って企業の採用担当者は口をそろえます」。就活サイトの関係者は話す。

 関東地方の情報サービス会社の採用担当者は「今年のお盆は休めませんね」とため息をつく。前年夏からインターンシップ、説明会やリクルーターの手配、今夏には選考と翌年のインターンシップ……。「一年中採用活動となり、負担増」

 企業も就活のゴール地点が見えなくなった。昨年までは多くの大手企業は春先に「内定」を出した。今年は8月まで待つべきか、こっそり8月前に内々定を出すべきか。出したら本当に来てくれるのか。就職情報会社マイナビの調査では、5月末時点で大学生・大学院生の25・8%が内々定を獲得したが、就活をやめるのは2割程度。昨年は同時期に6割が終えていた。

 電機メーカーの採用担当者は「ライバル企業の動向を見ながらの手探り状態。どれだけ学生が来てくれるのか、まったく読めない」と気をもむ。

 安倍首相が13年4月に経団連など経済3団体のトップに首相官邸で要請し、文部科学相ら関係4大臣が連名で11月、経済・業界447団体に文書で念押しした。要請を受けた経団連の関係者は、「問題が多いのは分かっていた。でも政府の要望を断れるわけがない」と打ち明ける。経団連は11年に日程変更を検討したが、理系学生の卒業研究や中小企業の採用活動への影響を懸念し、見送ったという。「ただ、売り手市場ということも大きいが、ここまで混乱を生むとは正直、予想できなかった」と認める。

 一方、経済同友会は採用日程を遅らせることに賛成で、12年2月には政府の要請と同じ内容の提言をまとめている。現状について、「進行中で、判断するのはまだ早い」としている。

 新卒採用の研究をしている千葉商科大専任講師の常見陽平さんは「誰も得しない茶番劇。学生にもっと勉強させるとか、グローバル化時代の留学推進とか、政府の人気とり政策に過ぎない。実際に内定の出た時期、学業への影響など、結果を検証するべきだ」と指摘する。(石山英明、岡田昇)