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 ある日突然、知らない土地に、自分の住民票が異動させられていたとしたら。そんな奇怪な出来事が静岡県富士市に住む男性の身に起こった。誰が、何のために――。なぞを追った。

■端緒、あのバイトか

 「既に市外に転出されているのですが……」

 富士市内に住む派遣社員の男性(47)は、国民健康保険への加入を申請しようと富士市役所の窓口を訪れた際、職員にこう告げられた。知らないうちに転出手続きがとられ、「市民」でなくなっていた。昨秋のことだ。

 「転出先」は名古屋市千種区のアパートの一室。千種区役所によると昨年7月15日、何者かによって男性の転入届が出され、併せてアパートの住所で男性名義の住民票の写し1通が交付されていた。窓口に来た何者かが書いた申請書類と男性名義の委任状が保管されていたが、「窓口には一日約200人が訪れるため、どんな人物だったか記憶するのは困難」(区担当者)という。

 一方、アパートの大家の男性(66)によると、転入届が出された当時、部屋は空き家で、その後もしばらく入居者はなかった。

 住民基本台帳法では、転出・転入の手続きをするのに、窓口で運転免許証など本人確認書類の提示が義務づけられている。ただ、転出手続きの場合は直接窓口にいかなくても、郵送での手続きも可能。転入の際に必要な転出証明書も郵送で受け取れる。富士市の男性のケースでは、この「郵送請求制度」が悪用されていたようだ。富士市によると、本人確認書類として男性の免許証のコピーが同封されていた。

 なぜ男性の免許証のコピーが流出したのか――。実は男性は、この出来事の約2カ月前、インターネットで見つけた「結婚式出席代行」のアルバイトに応募していた。メールフォームに名前や住所を記入して申し込み、スキャナーで取り込んだ免許証の画像も添付して送ったという。だがその後、この会社からの連絡はなしのつぶてだった。

 現在、この会社のホームページは閉鎖され、当時の電話番号に電話をしても、つながらない。ネット上では、同じ会社にアルバイトに申し込んだ人たちが「連絡がこない。だまされているのでは…」などと不安を訴える投稿を見つけることができる。

 住民票の不正異動に詳しい総合探偵社「ガルエージェンシー静岡・静岡北」の久保田久之代表は「個人情報の収集のためのダミー会社。特殊詐欺に利用する銀行口座の取得などが狙いではないか」と指摘する。第三者になりすますため、空き家を捜し、不正に転入届を出して、住民票を取得する手口で「だまされたことに気づいていない人は少なくないのでは」とみる。

■悪意もって手続き「防ぐのは難しい」

 他人になりすまして健康保険証などを取得し、消費者金融から金を借りる――。こうした目的で他人の住民票を勝手に変更する犯罪は全国で相次いだ。2008年には窓口での本人確認が法制化されたが、その後も住民票の不正異動や取得は後を絶たない。