[PR]

 学者ら74人が署名し「戦後70年総理談話について」の題で17日に発表した共同声明は以下の通り。

 この夏、安倍晋三総理大臣が戦後70年に際して発表すると報道されている談話について、日本国内でも海外でも強い関心が寄せられております。

 下記に名を連ねる私共国際法学、歴史学、国際政治学の学徒は、日本国の一員として、また世界に共通する法と歴史と政治の問題を学問の対象とする者として、この談話にかかわる諸問題について多年研究に携わってまいりました。

 私共の間には、学問的立場と政治的信条において、相違があります。しかしながら、そのような相違を超えて、私共は下記の点において考えを同じくするものであり、それを日本国民の皆様と国政を司る方々に伝え、また関係する諸外国の方々にも知って頂くことは、専門家の社会的責任であると考えるに至りました。ここに以下の所見を明らかにする次第です。

(1)戦後70年という節目に表明される総理談話は、なによりもまず、大多数の国民が飢餓に苦しみ、多くの都市が灰燼に帰していた1945年の日本から、今日の平和で豊かな日本を築き上げた先人達の努力に対して深甚な感謝の意を捧げ、そうした日本を誤りなく次の世代に引き渡して行くという国政の最高責任者の意志を日本国民に示すものであるべきであります。このことは、戦後50年、60年たると70年たるとを問わない、先世代と将来世代の国民に対する現世代の国民の責任であり、この点広く社会の合意があるものと考えます。

(2)また、こうした戦後日本の復興と繁栄は日本国民の努力のみによるものでなく、講和と国交正常化に際して賠償を放棄するなど、戦後日本の再出発のために寛大な態度を示し、その後も日本の安全と経済的繁栄をさまざまな形で支え、助けてくれた諸外国の日本への理解と期待、そして支援によるものでもありました。このことは、さまざまな研究を通して今日よく知られております。こうした海外の諸国民への深い感謝の気持ちもまた示されるべきものと考えます。

(3)さらに、戦後の復興と繁栄をもたらした日本国民の一貫した努力は、台湾、朝鮮の植民地化に加えて、1931-45年の戦争が大きな誤りであり、この戦争によって三百万人以上の日本国民とそれに数倍する中国その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づくものでありました。戦争で犠牲となった人々への強い贖罪感と悔恨の念が、戦後日本の平和と経済発展を支えた原動力だったのです。戦後70年、80年、90年と時が経てば、こうした思いが薄れていくことはやむを得ないことかもしれません。しかしながら、実にこの思いこそ、戦後の日本の平和と繁栄を支えた原点、文字どおりの初心であり、決して忘れ去られてはならないものでありましょう。

(4)このことは、戦後50年の村山談話に含まれ、戦後60年の小泉談話でも継承された「侵略」や「植民地支配」への「痛切な反省」、「心からのお詫び」などの言葉を継承すべきか否かという、世上論じられている点にかかわります。ある特定の言葉を用いるか否かで総理の談話の善し悪しを論ずべきものでなく、ましてや「村山談話」という特定の総理談話の個々の言葉を継承するか否かがその後の総理談話の質を決する基準でない、というのは多くの専門家、そしてなによりも多くの国民が同意するところかもしれません。しかし、いかなる言葉で語られるかは、それが国際的にも大きな影響をもつ責任ある文書を評価する上で、どの国でもどの時代でもきわめて重要な基準です。政治を司る者は、こうした言葉の枢要性を誰よりも深く考える責務を負っているはずです。このことは、歴史と法と政治を研究してきた私共が、日本の為政者に対して特に強く申し上げたいところです。

(5)言葉の問題を含めて、「村山談話」や「小泉談話」を「安倍談話」がいかに継承するかは、これまでの総理自身の言動も原因となって、内外で広く論ぜられ、政治争点化しております。このことは、国内もさることながら、中国、韓国、米国などを含む、日本と密接な関係をもつ国々で広く観察される現象です。こうした状況の下では「安倍談話」において「村山談話」や「小泉談話」を構成する重要な言葉が採用されなかった場合、その点にもっぱら国際的な注目が集まり、総理の談話それ自体が否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、これまで首相や官房長官が談話を通じて強調してきた過去への反省についてまで関係諸国に誤解と不信が生まれるのではないかと危惧いたします。安倍総理がしばしば強調される「村山談話」や「小泉談話」を「全体として継承する」ということの意味を、具体的な言語表現によって明らかにされるよう、強く要望するものです。

(6)以上に述べたことは、戦後70年談話が閣議決定を経ない「総理大臣の談話」であっても変わりはありません。日本の内外において総理大臣は国政の最高責任者として日本を代表する立場にあり、閣議決定の有無といった問題は、一般国民にとって、ましてや海外の諸国民にとって、ほとんど意識されることはありません。肝心なのは談話の中身です。70年談話がその「言葉」ゆえに国際社会で否定的に受け取られ、その結果、過去と現在と将来の日本国民全体が不名誉な立場に置かれ、現在と将来の日本国民が大きな不利益を被ることのないよう、安倍総理が「談話」で用いられる「言葉」について考え抜かれた賢明な途をとられることを切に望むものです。

(7)日本が1931年から45年までに遂行した戦争が国際法上違法な侵略戦争であったと認めることは、日本国民にとって辛いことであります。その時代、先人達は、現世代を含む他のどの時代の日本国民よりも厳しい試練に直面し、甚大な犠牲を被りました。そうした先人の行為が誤っていたということは、後生のわたしたちが軽々しく断ずべきことではないかもしれません。しかしながら、日本が侵略されたわけではなく、日本が中国や東南アジア、真珠湾を攻撃し、三百万余の国民を犠牲とし、その数倍に及ぶ諸国の国民を死に至らしめた戦争がこの上ない過誤であったことは、残念ながら否定しようがありません。そしてまた、日本が台湾や朝鮮を植民地として統治したことは、紛れもない事実です。歴史においてどの国も過ちを犯すものであり、日本もまたこの時期過ちを犯したことは潔く認めるべきであります。そうした潔さこそ、国際社会において日本が道義的に評価され、わたしたち日本国民がむしろ誇りとすべき態度であると考えます。

(8)この点に関連して、安倍総理を含む歴代の総理は、侵略の定義は定まっていないという趣旨の国会答弁などを行っておりますが、これは学問的には必ずしも正しい解釈とは思われません。なによりもそうした発言は、日本が1931年から遂行した戦争が国際法上違法な侵略戦争であったという、国際社会で確立した評価を否定しようとしているのではないかとの疑念を生じさせるものであり、日本に大きな不利益をもたらすものと考えます。

 20世紀前半の国際社会は、第一次大戦の甚大な惨禍を経験して、戦争を違法化する努力を重ねて来ました。1928年の不戦条約はその代表であり、日本も締約国であった同条約は自衛以外の戦争を明確に禁止しておりました。1931年に始まる満州事変が1928年の張作霖爆殺事件以来の関東軍の陰謀によって引き起こされたものであったことは、歴史学上明らかにされております。当時の日本政府はこれを自衛権の行使と主張しましたが、国際連盟はその主張を受け入れませんでした。その後の日中戦争、太平洋戦争を含めた1931-45年の戦争が名目の如何と関係なく、その実質において日本による違法な侵略戦争であったことは、国際法上も歴史学上も国際的に評価が定着しております。

 戦後国際社会は一貫してこうした認識を維持してきたのであり、これを否定することは、中国・韓国のみならず、米国を含む圧倒的多数の国々に共通する認識を否定することになります。戦後70年にわたって日本国民が営々と築き上げた日本の高い国際的評価を、日本が遂行したかつての戦争の不正かつ違法な性格をあいまいにすることによって無にすることがあってはならない。これが専門研究者としての私共の考えであり、同時に多くの日本国民が共有する考えでもあると確信しております。

 1924年、神戸で行われた有名な大アジア主義演説において、孫文は日本が西洋覇道の鷹犬となるか東洋王道の干城となるか、と日本の国民に問いかけました。私共は西洋を覇道と結び付け、東洋を王道と結び付ける孫文の見解を必ずしもそのまま受け入れるものではありませんが、中国が欧米列強と日本によって半ば植民地の状態にされていた当時の状況下において、この問いかけはまことに正鵠を得たものであったと考えます。残念ながら日本は覇道の道を歩み、その結果ほとんど国を滅ぼすに至りました。

 戦後日本はこのことを深い教訓として胸に刻み、世界に誇りうる平和と繁栄の道を歩んで参りました。日本が将来にわたってこの王道を歩み続け、戦後築き上げた平和で経済的に繁栄し安全な社会をさらに磨きあげ、他の国への経済・技術・文化協力を通してそれを分かち合い、国民が誇り得る世界の範たる国であり続けて欲しいと願わずにはいられません。私共は、歴史、国際法、国際政治の研究に携わる学徒として、いやなによりも日本国の一員として、そう考えます。

 総理が、戦前と戦後の日本の歴史に対する世界の評価に深く思いを致し、現在と将来の日本国民が世界のどこでもそして誰に対しても胸を張って「これが日本の総理大臣の談話である」と引用することができる、そうした談話を発して下さることを願ってやみません。

2015年7月17日

     ◇

共同声明文による賛同人一覧は以下の通り。(敬称略)

代表

大沼保昭 (明治大特任教授 国際法)三谷太一郎(東京大名誉教授 日本政治外交史)

吾郷真一 (立命館大特別招聘教授 国際法)

浅田正彦 (京都大教授 国際法)

浅野豊美 (早稲田大教授 日本政治外交史)

阿部浩己 (神奈川大教授 国際法)

天児慧  (早稲田大教授 現代中国論)

粟屋憲太郎(立教大名誉教授 日本近現代史)

石井寛治 (東京大名誉教授 日本経済史)

石田淳  (東京大教授 国際政治)

石田憲  (千葉大教授 国際政治史)

位田隆一 (同志社大特別客員教授 国際法)

入江昭  (ハーバード大名誉教授 アメリカ外交史)

内海愛子 (恵泉女学園大名誉教授 日本・アジア関係論)

遠藤誠治 (成蹊大教授 国際政治)

緒方貞子 (元国連難民高等弁務官 国際関係史)

小此木政夫(慶応大名誉教授 韓国・朝鮮政治)

小畑郁  (名古屋大教授 国際法)

加藤陽子 (東京大教授 日本近代史)

吉川元  (広島平和研究所教授 国際政治)

木畑洋一 (成城大教授 国際関係史)

木宮正史 (東京大教授 国際政治)

倉沢愛子 (慶応大名誉教授 東南アジア史)

黒沢文貴 (東京女子大教授 日本近代史)

黒沢満  (大阪女学院大教授 国際法)

香西茂  (京都大名誉教授 国際法)

小菅信子 (山梨学院大教授 近現代史)

後藤乾一 (早稲田大名誉教授 東南アジア近現代史)

斎藤民徒 (金城学院大教授 国際法)佐藤哲夫 (一橋大教授 国際法)

篠原初枝 (早稲田大教授 国際関係史)

申惠丰  (青山学院大教授 国際法)杉原高嶺 (京都大名誉教授 国際法)

杉山伸也 (慶応大名誉教授 日本経済史)

添谷芳秀 (慶応大教授 国際政治)

高原明生 (東京大教授 国際政治)

田中孝彦 (早稲田大教授 国際関係史)

田中宏  (一橋大名誉教授 日本社会論)

外村大  (東京大教授 日本近現代史)

豊田哲也 (国際教養大准教授 国際法)

中北浩爾 (一橋大教授 日本政治外交史)

中島岳志 (北海道大准教授 政治学)

中谷和弘 (東京大教授 国際法)

中見立夫 (東京外語大教授 東アジア国際関係史)

中見真理 (清泉女子大教授 国際関係思想史)

納家政嗣 (上智大特任教授 国際政治)

西海真樹 (中央大教授 国際法)

西崎文子 (東京大教授 アメリカ政治外交史)

野村浩一 (立教大名誉教授 中国近現代史)

波多野澄雄(筑波大名誉教授 日本政治外交史)

初瀬龍平 (京都女子大客員教授 国際政治)

原朗   (東京大名誉教授 日本経済史)

原彬久  (東京国際大名誉教授 国際政治)

半藤一利 (現代史家)

平野健一郎(早稲田大名誉教授 東アジア国際関係史)

広瀬和子 (上智大名誉教授 国際法)

藤原帰一 (東京大教授 国際政治)

保坂正康 (現代史家)

松井芳郎 (名古屋大名誉教授 国際法)

松浦正孝 (立教大教授 日本政治外交史)

松尾文夫 (現代史家)

松本三之介(東京大名誉教授 日本政治思想史)

真山全  (大阪大教授 国際法)

三谷博  (東京大名誉教授 日本近代史)

宮野洋一 (中央大教授 国際法)

毛里和子 (早稲田大名誉教授 中国政治)

最上敏樹 (早稲田大教授 国際法)

森山茂徳 (首都大学東京名誉教授 近代日韓関係史)

山影進  (青山学院大教授 国際関係論)

山形英郎 (名古屋大教授 国際法)

山室信一 (京都大教授 近代法政思想史)

油井大三郎(東京女子大特任教授 日米関係史)

吉田裕  (一橋大教授 日本近現代史)

和田春樹 (東京大名誉教授 歴史学)