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 三重県名張市で1961年、農薬入りのブドウ酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ブドウ酒事件」で、第9次の再審請求中だった奥西勝(おくにし・まさる)死刑囚が4日午後0時19分、収容先の八王子医療刑務所(東京都八王子市)で肺炎のため、死亡した。89歳だった。法務省や奥西死刑囚の弁護士らが明らかにした。

 72年の死刑確定後も冤罪(えんざい)を訴え、裁判のやり直しを求める「再審請求」を繰り返し、確定死刑囚としての収容期間は43年に及んだ。獄中生活は、強盗殺人事件で70年に死刑確定の尾田信夫死刑囚に次いで国内で2番目に長かった。今後は妹の岡美代子さん(85)が請求人として、再審請求を引き継ぐかどうかを検討しているという。

 奥西死刑囚は35歳で逮捕された後、一審で無罪、二審で死刑判決を言い渡され、最高裁で死刑が確定。2005年に再審開始決定を受けたが、その後、取り消されるという異例の経緯をたどった。

 事件は1961年3月、三重県名張市葛尾(くずお)地区の公民館で開かれた地域の懇親会で起きた。ブドウ酒を飲んだ女性17人が中毒症状を起こし、うち妻を含め5人が死亡。奥西死刑囚は「妻や愛人との三角関係を解消するためだった」と、いったんは農薬を入れて殺害したことを認めたものの、その後、否認に転じ、一貫して無罪を主張していた。

 公判や再審請求審では、自白調書の信用性▽ブドウ酒の王冠に刻まれた歯形が奥西死刑囚のものか▽ブドウ酒に注がれた農薬が、奥西死刑囚が使ったといったん自白したニッカリンTか――などが主な争点だった。

 7度目の再審請求で、名古屋高裁は05年、犯行に使われた毒物が自白通りの農薬ではなかった疑いがあるなどとして再審開始を決めた。しかし、検察側の異議を受け、同高裁の別の裁判長が再審開始の決定を破棄。特別抗告を受けた最高裁は10年、毒物に関する審理が尽くされていないとして差し戻した。

 同高裁は12年5月、農薬の再現実験の結果をもとに、「奥西死刑囚以外に農薬を混入しえた者はいないという判断は動かない」として再審請求を棄却した。最高裁は13年10月、高裁の決定を支持して請求を棄却した。奥西死刑囚は同年11月、名古屋高裁に第8次の再審請求をしたが、14年5月に棄却。今年5月、9度目の再審を求めていた。

 法務省などによると、奥西死刑囚は名古屋拘置所に収容されていたが、肺炎のために12年6月に入院設備のある八王子医療刑務所に移り、同年7月に重症と診断された。

 13年5月には危篤状態となり、呼吸状態が悪化し、人工呼吸器を付けた。その後は抗生剤の投与や血圧の維持などの対応が取られ、同じような状態が続いた。容体の悪化で、関係者に連絡を取ったこともあったという。今春以降は、39~40度超の発熱を繰り返し、不安定な体調が続いていた。

 死亡の知らせを受け、鈴木泉弁護団長や奥西死刑囚の妹の岡さんら支援者は4日夜、八王子医療刑務所に駆けつけた。10年以上、面会を重ねてきた特別面会人の稲生(いのう)昌三さんは「無念でしかない」と語った。

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■名張毒ブドウ酒事件と再審請求

1961年3月28日夜 三重県名張市葛尾地区の懇親会でブドウ酒を飲んだ女性17人が中毒症状を起こし、5人が死亡。その後、奥西死刑囚を逮捕、起訴

64年12月 津地裁が無罪判決

69年9月 名古屋高裁が死刑判決

72年6月 最高裁が上告棄却。死刑確定

73年~2014年 高裁に第1~8次再審請求するが、棄却などを繰り返し、再審は開始されず(7次請求は再審開始決定後に取り消し)

15年5月 第9次再審請求

10月 奥西死刑囚死亡

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 〈名張毒ブドウ酒事件〉 1961年3月、三重県名張市の公民館で開かれた地域の懇親会で、ブドウ酒を飲んだ女性5人が死亡した。三重県警は、妻と愛人との三角関係を清算するため、奥西勝死刑囚がブドウ酒に農薬を入れて殺害したとして逮捕。奥西死刑囚は犯行を自白したが、裁判では一転、無罪を主張し、一審で無罪、二審で死刑判決を言い渡された。最高裁は72年に上告を棄却し、死刑が確定した。

 その後、奥西死刑囚は自白調書の信用性などを主な争点として再審請求を繰り返した。名古屋高裁は05年、第7次再審請求で再審開始を決定したが、約1年半後に開始決定が取り消されるという異例の経緯をたどった。奥西死刑囚は13年11月、名古屋高裁に第8次の再審請求をしたが、14年5月に棄却となり、今年5月、9度目となる再審請求をしていた。