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尖閣と沖縄返還 米外交文書から:1

 1972年の沖縄返還時に行われた尖閣諸島の帰属をめぐる関係国間の交渉の詳細が明らかになった。米国は現在、日本による施政権を認め、日米安保条約の対象であることを明言しているが、主権については「特定の立場を取らない」との姿勢だ。この方針は、いつ、どのように決まったのか。朝日新聞は、米政府の5千枚以上の公文書や米高官の会話を録音したテープを入手し、関係者に取材。交渉の過程を連載で報告する。

「沖縄返還から尖閣除外」、ニクソンも予期せぬ要求

 ホワイトハウスの「オーバル・オフィス」と呼ばれる楕円(だえん)形の大統領執務室に、中華民国(台湾)の駐米大使・周書楷が入った。1971年、4月のことだ。

 「大使、お元気ですか?お会いできてうれしいです」。米大統領ニクソンが、部屋の中央にあるソファに座るよう勧めた。傍らには、大統領補佐官のキッシンジャーがいた。

 「共産中国との貿易や旅行制限の緩和について、台北で懸念があるのは承知しています」(1)。米大統領のニクソンは切り出して、こう続けた。

 「私たちはこれまでも、これからも、友であり同盟国であり続けます」(2)

 米国と北京の共産党政権はこのころ急速に接近していた。実際には、翌5月にはキッシンジャーを秘密裏に派遣する意向を北京に伝えるのだが、そのことは伏せた。

 ニクソンは、周が一番懸念しているのが、この米中接近だろうと思っていた。

 だが周は、米中接近とは別に、ニクソンが予期していなかったもう一つの問題も提起した。

 「これは中国の国益を我々(国民党政権)が守れるかという問題です。失敗すれば、学生や知識人たちは、共産中国になびくかもしれないのです」(3)

 周は、日米が近く締結する沖縄返還協定から尖閣諸島を除外し、当面は米国が統治し続けることを求めた。

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