【動画】南海キャンディーズ・山里亮太さんの応援メッセージ=佐藤正人撮影

 いよいよ大学受験シーズンが目前に迫ってきました。いま各界で活躍する人たちの中にも、苦しい受験勉強を乗り越えてきた人がたくさんいます。お笑い芸人の山里亮太さん(38)は関西大学文学部教育学科(現在は総合人文学科)卒。3歳年上のお兄さんの「陰の支え」を知ったことで、スイッチが入ったそうです。

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 僕、中学生の時すごい優秀な成績だったんですよ。相性のいい個人塾に通って。千葉県で上位の高校に受験できるぐらいでした。だけど、中学3年の秋ごろに自分の好きな女の子が通っている塾を知ってしまって。その子が特進クラスにいるということで、お世話になった塾を辞めて、その特進クラスに入っちゃったんです。そのクラスが自分に全く合わず、どんどん学力が落ちていって。そこから、受験前の成績がよくなくて、ワンランク落として公立高校を受けたけど、結局、そこも落ちました。

 そういうつらい思いがあって高校に入ったけど、高校生活でも全然勉強しなかった。入ったバスケット部が強豪校で、一日も休まずやっていました。定期試験前に、平均点をなんとか取れる勉強をする繰り返しでしたね。勉強する習慣を3年間かけて無くしていったんです。

 薬剤師になりたいというのが、小さいころからのうっすらとした夢でした。母親が薬局に勤めていたのを見ていて。だから理系に進まなきゃいけなかったんですけど、高校2年の選択の時に、好きだった女の子が文系にすると聞いて、文系にしてしまって。結果、理系の学部は受けられなくなりました。

 ■お笑い志望で関西の大学受験

 高校の時、友だちから「山ちゃん、時々面白いからお笑いに行ってみたら」と言われてました。クラスの中心ではなかったのですが、「面白い」と言われて。他の学校から「千葉経済のバスケ部の補欠、『稲中卓球部』みたいで面白いらしいよ」って。当時、流行したギャグマンガっぽいって話題になりました。声出しや応援をオリジナルで作ってましたね。将来を明確に考えるきっかけが「お笑い」だったんです。

 そこで、母親に「吉本の専門学校があるから行きたい」と言ったら、「だめだ」と。理由は「今まで一緒に生きているけど、そんなに面白いと思ったことはない」。でも、「大阪の人10人に聞いて10人がいいと言う大学に合格したら、吉本の学校に行かしてあげる」と言われ、関西の大学を受験することになりました。

 第一志望は親の条件だった関西の私立大学の「関関同立」(関西大、関西学院大、同志社大、立命館大のこと)。予備校の関西私大コースに行っていたと思うんですけど、手も足も出なかった。模試も一番悪い判定しかもらったことがない。3年間さぼっている脳みそってだめなんですよ、全然。

 でも僕、本当にバカだなと思うんですけど、私立は答案用紙がマークシートだから、ひょっとしたら受かると思っちゃってたんですよね。奇跡があるんじゃないかなって。甘えることばかり考えてました。

 ■陰で支えてくれた兄、気持ち入れ替え

 現役の時は、大学の学部違いも入れて10回ぐらい試験を受けました。どれかに合格すればと思っていたけど、手応えは何も無かったです。考えて導き出すことができないんですよね、勉強していないから。だから「4択の中で、一番近いのは何か」と考えたふりをしてました。試験後に送られてくるのは不合格通知ばかり。封筒が薄かったのを覚えています。

 受験に全敗して「やっぱり浪人か」ぐらいに思ってたんです。親も「それはそうだ。勉強してなかったもん」って。「そうだよね。甘くないね。1年間勉強を頑張って、来年だね」なんて返していたら、母親がこう言ったんです。

 「あんた、『無理だった』ぐらいに言っているけど、今回の受験料は全部お兄ちゃんが貯金から出したんだよ」

 はっとしました。親としては、この3年間の生活を見ているので「今年は絶対無理だ。無駄金になる」と受験をあまりさせないつもりだったみたいなんです。でも、3歳年上の兄貴が「ひょっとしたら受かるから」って、自分の貯金30万円を全部引き出して、僕の受けた10回分の受験料を出してくれたんです。

 兄貴も高校卒業後はアルバイトで、金があるわけでもなかったと思うんですけど、「俺は大学に行けなかったから、亮太が受けたいと言っているなら俺の金で」って言ってくれたみたいで。兄貴は何も言わなかったですけど、悪いことをしたなと思って。そこから僕、気持ちを入れ替えたんです。

 ■勉強することでストレスから解放

 浪人に入ってからは、3年間サボったサビやアカを落とすために、まあ勉強しました。コツなんてものはなくて、「とにかくやる」。朝の7~9時から予備校代の一部を払うために千葉駅などでティッシュ配りのアルバイトを週3~5日して、そこから予備校の授業や自習室で夜9時まで勉強しました。家に帰って食事、入浴をして11時ごろまで復習。毎日ずっと続けました。

 自信を取り戻さなければいけないので、勉強は受験範囲の簡単な部分から。やり方は、読解力など思考能力を鍛える分野の勉強をしたら、休憩に日本史などの記憶問題をやる。考える問題を解けないストレスよりも、単純作業の問題で解けないストレスの方が少ないから。考える問題がダメだってなったら、一回休憩というテンションで、漢字の書き取りをやったり年号を覚えたりして、またできなかった問題を解くことを繰り返しました。

 勉強をしている時間はたぶん、焦るストレスから解放してくれるんですよ。「今日はすげーやったな」っていう時は、本当に気持ちよく眠れました。逆に、「サボっている」自覚が増えれば増えるほど、どんどんダメになっていく。

 同じ高校で浪人した中に、慶応大を目指す友だちがいたんです。そいつがむちゃくちゃ頑張って、めきめき成績を上げていったんです。それが刺激になりましたね。予備校もアルバイトも一緒だったんですけど、僕が午後6時半ぐらいで帰ろうかなって思っても、9時まで勉強するので帰れない。それが結構大きかった。身近にサボるやつがいたら、本当につるまない方がいいです。

 ■サボる言い訳を見つけるな

 大学受験直前のこの時期、勉強の苦労から解放されたいから、脳みそってサボる言い訳を見つけるんですよ。でも、一瞬は気持ちいいけど、サボる選択がもたらす「翌日から後悔」「受験の結果が良くない」「もう1年浪人」という絶望を考えないとだめです、絶対。とてつもない不幸が来るんで。「あー、勉強やってねーな」って、天井を見ながら後悔をする時間が10分あったら、その時間で英単語を覚えた方がいい。後悔だけは何の成長もさせてくれない。

 結局、浪人した1年間で、英語がとにかく伸びました。日本史は弱かったですが、受験を迎える心境は現役の時と全然違いましたね。センター試験も受けましたが、英語は解き方も法則も頭に入っているからほぼ満点でした。大阪にあるから本命にした関西大も、過去問で同じ問題を何回も解いたので、緊張しましたけど、手応えは違いました。「まー、問題が解けるな」って。関西大を含めて5校ぐらい受かりました。

 大学では学生寮に入ったんですけど、寮の仲間と過ごした毎日が楽しかったですね。大学生活が楽しすぎて、1回お笑いから遠ざかりそうになったぐらい。お祭りやダンスパーティーを寮で開いたり、学園祭でみんなべろべろ酔いながら肩組んで学歌を歌ったり。合コンや飲み会もあって、これぞキャンパスライフっていうようなキャンパスライフでした。

 ■浪人時代があったから今がある

 お笑い芸人としての生活、楽しい毎日があるのは、浪人時代の体験があったからです。めちゃくちゃ勉強したのは人生であそこだけ。努力する癖がつけられました。努力が不安を取り除いてくれることにも気づけましたね。

 お笑い芸人になってからも、賞レースであったりライブであったり、その都度、努力をしてきましたけど、努力のベースを覚えたのが大学受験でした。

 ラジオ番組で、受験生から悩みを受けることもあります。僕らのころと違って、誘惑が多くなって大変だと思いますね。僕のころは携帯もそんなに普及してなかったから。僕が今みたいにパソコンを使いながら勉強してたら、動画サイトをずっと見ちゃっていたかもしれない。

 でも、根本的な悩みは一緒ですよ。多いのが「モチベーションが上がりません」。いつも思うのが、モチベーションは上がらないのが普通だということ。勉強をめっちゃやろうっていう意識になるのは、「マリオブラザーズ」でスターを取った時のマリオぐらいのレアな状態だと思った方がいいです。モチベーションが上がらないっていうもっともらしい理由をさっさと無視して、そんなことを考えている暇があったら勉強しなさいって思います。

 それと、大学生活は今の何百倍も楽しいことがあるって思うこと。僕の場合は、大学行きながら養成所行ってお笑い芸人になることや、彼女ができることとか想像してました。

 脳みそは本当にサボる誘いをいっぱいしてくるから、どれだけ無視できるか。無視できた数が多い分だけ、成績が上がると思います。とにかく頑張って。受験の後は楽しいことしかないです。今は死ぬほどつらい毎日を頑張って下さい。(聞き手・丹治翔)

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 やまさと・りょうた お笑いコンビ「南海キャンディーズ」のツッコミ担当。1977年生まれ、千葉市出身。千葉経済大学付属高校から、一浪して関西大学文学部教育学科(現在は総合人文学科)に合格。現在、TBSラジオ系の「山里亮太の不毛な議論」やフジテレビ系の「アウト×デラックス」などレギュラー番組多数。38歳。